桃の摘果


   桃の摘果


アキオさんから電話があった。
「桃の摘果なんですよ。人手がいるんで、来てくれませんか。」
一日二時間でも、半日でもいいから、手伝ってほしい。
OK、快く引き受けて、午前中の予定で出かけた。
爽やかな五月の晴れ間。
常念岳大天井岳の雪は、稜線の雪庇と雪渓と北斜面の雪田を残して、
次第に山肌の露出を拡大し、夏の山に変わりつつある。
爺が岳から白馬岳に連なる後立山連峰は、まだべったり白い山。
それでも、爺が岳は「種まきじいさん」の黒い雪融け跡を現している。
いつもどこかで鳴くカッコー、今日も遠くで声を響かせている。
桃畑は広大なリンゴ園の中にあった。
群落をなしているタンポポの綿毛が、
桃の花が満開の頃の美しさを想像させた。
ピンクの桃の花、大地は緑の草とタンポポの黄色、桃源郷だっただろう。


アキオさんのところに泊まっているウーフさん三人が、脚立に上って作業中だった。
名古屋から来たまゆみちゃんが、摘果の仕方を伝えてくれた。
引越しのときにも、荷おろしに来てくれた人だ。
昨年伸びた枝には二つの実を残して、あとは摘み取る。
一昨年の枝に実を付けているときは、二十センチに一個残す。
今は1回目の摘果で、もう少し実が大きくなったら、二個を一個にしぼる。
大きな桃の木のいちばん上の実をとるのは、若い人たちに任せた。
人の背丈より高い脚立の天板に座って、
ハンチングをかぶったオランダ人のメノウさんはてっぺんの実を摘んでいる。
初顔は韓国の男性の大学生。
独学で学んだという日本語が達者で、
日に焼けた顔は健康そのものだ。


十時の休憩をしようと、まゆみちゃんがメノウさんにかたことの英語で提案するが、
もうあと何分とか、メノウさんは摘果に夢中になって、乗ってこず、
その二人の会話を実を摘みながら聞いているのも牧歌的で楽しい。
紫外線が強いから麦わら帽をかぶって作業する。
枝にときどき帽子が引っかかる。
休憩は、草の上に座って、パンを一個ずつお茶を飲みながら食べた。
「夏は韓国のウーフで、行こうかな。」
まゆみちゃんが言う。


どんより心と体の芯の部分に残っていた疲労が、
作業をするにつれてさっぱりと消えていった。
十二時の時報が遠くで聞こえ、午前の作業を終えた。