怪談


        怪談


腹を立てると教師へ暴力をふるう生徒がいた。
学校へは気が向いたら来るが、その気にならなかったら来ない。
登校しても、教室に入らなかったり、入っても授業を聞かなかったりする。
彼がクラスにはいると、当然クラスの生徒たちの授業への集中は低下する。
授業を一時間聞いていたためしがないと教科担任たちは嘆き、
学級担任は指導力のある人だったが、思うにまかせず、困りきっていた。


ある日ぼくは、その子のクラスへ、補欠授業に入ってほしい、と言われた。
その日、彼は登校していた。
そのクラスを直接教えていなかったぼくは、日常的にその子と接触することがない。
人間関係がないのに、補欠授業といっても、どうしたらいい?
ええい、いっそ怪談でもしてやろう。


教室へ行ったら、彼は前から三番目の席に座り、
両足を机の上にぼんとのせて、ふんぞりかえっている。
示威行為か、挑発的だな。
頭にパンチパーマをかけて、鋭い視線を送るその存在だけで、
他の生徒は萎縮し緊張している。
「足を下ろせ」
この言い方でトラブルが起こりそうな予感がした。
しかし、そのまま見逃して、始めるわけにいかない。
どうするか、一瞬迷った。
一呼吸おいて、ぼくは教卓の前に立ち、静かに、少し恐ろしそうに、
山の怪談を話し始めた。
「これは、ほんとうにあった話や。」
彼はぼくの顔をしっかり見ている。
そこで、ぼくは右手を差し出し、
小さな声で「あし」と言って、指で合図した。
彼は足を下へ下ろした。
この男を一時間、教室から出さないぞ。
ぼくは舞台俳優のような緊張感を持って怪談をすすめていった。
ひょっとするとぼくの形相は、
真に迫って恐ろしかったかもしれん。
彼は一時間、真剣に話を聴いていた。
話し終わったとき、彼、
「先生、それほんまか」
「ほんまの話や」
えらい素直な顔だった。
これがこの子のほんとの顔なんやな。
こうして一つの関係が、この子とできた。


体験した山の不思議な話、山の怪談、
ぼくはそれを子どもたちによく話した。
キャンプで、教室で、修学旅行で、林間学舎で、
怪談は子どもの心をとらえてしまう。
ぼくが小学校四年のとき、新任で来た担任の松村先生は、
開口一番、
「おれを、兄貴と思え」
とあいさつした。
松村先生は、話がうまくて、怪談が真に迫っていた。
授業が脱線して、怪談が始まるとみんなの眼はらんらんと輝いていた。