愛ちゃんのストライキ

 

    

    早朝と夕方、野をぐるっと一回りして、我が家の前を通り過ぎ家に帰って行く二匹の犬を連れた若いご夫婦に出会う。犬は、薄茶がかった白いラブラドール犬のサニーと、ネコほどに小さい黒犬、愛ちゃん。サニーは23キロほどあるかな。ひじょうに人懐こい。ぼくは出会うたびに、すり寄ってくるサニーにスキンシップをする。サニーもぼくも、うれしい、うれしい。サニーを連れて歩くのはご主人、奥さんは愛ちゃんのリードを持っている。愛ちゃんは人見知りが強くて、出会う人を警戒して距離をおいている。何か原因があるようだが、なぜだか聞いていない。

    野の散歩の途中で、ぼくを見かけると、サニーはリードをぐいぐい引っ張り、ぼくのほうに飛んで来ようとする。ご主人は両手に力を入れてセーブする。ぼくが家の庭の畑で野菜を世話していると、ぼくの匂いが分かるのか、リードを引いて庭に入って来ようとする。ぼくの姿が見えなくても、分かるらしい。こんなに懐かれるから、ぼくも会うのが楽しみになる。

    ある日、奥さんがぼくの手のひらに、ドックフードを3粒置いてくれた。ぼくは手のひらを愛ちゃんの前に持って行くと、近づいてきてペロっと食べてすぐに奥さんの足もとに戻っていった。ぼくの手のひらに、愛ちゃんの小さな舌の感触が残る。それから出会うたびに、愛ちゃんのドックフード3粒を繰り返した。

    安曇野はカンカン照りが続いて、毎日野菜の水やりが朝夕の仕事になった。家の前の、田んぼへの水路から流水を汲んでくる。

    ぼくはサニー一家に、警告した。

    「この猛暑では、道路の温度が高熱になりますよ。日中では50度近くになるかもしれません。愛ちゃんにとっては地獄です。散歩は道路の温度が下がってからにしましょう。」

    一週間ほど前、天候が変わった。夕方、蒼天に入道雲がにょきにょき立ち上がり、ドンガラガーンと雷だ。

    「夕立ち三日」とか「雷三日」とか言われている。雷は二日目もやってきて、夜中の睡眠中にドカーン、ドカーン。

    雷が収まって、散歩でご夫婦とサニーに出会った。愛ちゃんがいない。

   「愛ちゃん、どうしたの?」

   「行かない、と言うの。二階から降りて来ないの。」

   「雷がこわくて、ストライキかあ、ワッハッハー 」

     大笑いしたけど、

   「愛ちゃん、すごいよ、自分の行きたくないという意思と感情があって、それを行動に現しているんだから、すごい」

 愛ちゃんのストライキは翌日も続き、四日目、愛ちゃんはやっと散歩に出た。我が家の前まで来て、愛ちゃん、奥さんのリードを引っ張ってツツーと庭に入って来た。

   「わあ、愛ちゃん、ストライキ中止したかあ。怖かったなあ。」