今年の夏も福島の子どもキャンプ――現地へとんだ3人

  <写真>南農高校の農場にある、日輪舎。かつて満蒙開拓に青少年を送り込んだ訓練に使われたものを移築した。



 今日、望三郎君からとどいたメールは、先日の福島訪問の報告だった。
 地球宿を営む望三郎君と、野外教育活動「どあい冒険むらぶ」を実践する大浜夫妻の三人は、今年8月の「福島親子保養ステイ」の企画にむけて、現地の人たちの状況を知り、現地の人たちの思いを汲み取りに行ってきた。今年三回目を迎えるプロジェクトだが、望三郎君、大浜さんたちは毎回それを実行して、当事者の思い、考えを大切にしてきた。若い彼らの情熱と行動力には感無量だ。何より心をくみとり、心を通わせるコミュニケーションがいい。
 望三郎君のメールの、次の文章には、彼の心づかいがよく現れている。
 
 <増田望三郎です。大浜夫妻、地球宿望三郎の3人で、31日〜1日と福島に行ってきました。
以下、感想です。「安曇野ひかりプロジェクト」のキックオフミーティングは4月13日(日)午前10時〜地球宿です。一緒に今年の保養プログラムを作りましょう。
  第1部 10時〜ミーティング 無料
  第2部 11時15分〜映画『内部被ばくを生き抜く』上映会(約80分)
 第2部参加費:予約1000円、当日1200円(映画鑑賞とお茶菓子&お茶つき)
             内500円は映画の権利費として製作者に。

 福島訪問。3月31日朝4時に安曇野を出発、戻りは翌日の夜9時。1泊2日の弾丸旅行でしたが、とても中身の濃い福島訪問となりました。
 3度目となる保養プログラムをこの夏もやることになりましたが、果たして僕らのやろうとしていることが、福島の人たちの心に寄り添ったものになっているのか、もしかしたら、かけ離れたものになってないのか、そんなことを案じたことが今回の訪問の動機でした。
 「実際の福島の人たちはどんな暮らしをしているのか、どんな思いでいるのか?」と。
 泊まった旅館の女将さんと話をさせてもらった時に、
 「この暮らしがスタンダードになっている」
という言葉がありました。
放射線量が高い状況において、洗濯物を外に干さなかったり、子どもを外遊びさせなかったりすることが、当たり前の暮らしになっていっているのです。
 そんな状況を、今回の旅の前までは、悲壮感をもって受け止めていた自分がいました。またそうやって長野県の人たちに知らせてプログラムの協力を呼びかけてきました。その方が分りやすいし、共感を得られやすいとも思ったから。
 でも、それは頭の中で創り出していたイメージに過ぎず、彼らの思いとはちょっとずれているような気がしました。出会った何人かの人たちからは、そういった状況下においても、何とか折り合いをつけながら、子どもたちのためにやれることを見出し、やれることをやっていこう、そんな前向きな生き方と意志を感じたのです。
 震災から3年も経てば、移住することのできる人は既にしているはずです。彼らは、何らかの条件で、福島に残り暮らすことを選択した人たち。覚悟を決めて暮らしている。
 この3年間のどこかで、覚悟が決まり、この状況下においても、明るさや朗らかさを発せるようになっている。
 彼らの3年間で乗り越えたもの、折り合いをつけて自分の中に納めていったものがあるのでしょう。
 人間てすごいね。
 もちろん、彼らも全く何も気にしないで洗濯を外に干したり、産地を気にせずに安心して野菜を食べたいとも思っています。
 子どもを外で思いきり遊ばせたいと思っています。
 「1年に1度ぐらいは、思いきり子供を外で遊ばせたいから、こうやって保養で受け入れてくれるのは本当にありがたいし、必要。」
 そういった内容の言葉ももらいました。前向きな人たちだから、保養もまた前向きな中で位置づけてくれる。明るく朗らかに。
 僕もまた、彼らを明るく朗らかに受け入れればいいんだなと思いました。
 初日夜にプログラムに参加している福島の親子が5家族集まってくれました。はじまりは主催者と参加者という関係性だったのが、僕らの関係も2年が経ち、名前で呼び合える福島と安曇野に暮らす仲間たちになっていました。
 彼らにまた安曇野に遊びに来てもらいたい。
 大浜夫妻との珍道中で、旅も出会いも訪問も楽しませてもらいました。
 そんな思いを、ひかりPの仲間や協力をしてくれるみんなとも少しでも共有できれば。>