犀川のあたり、深く朝霧立つ。
日はまだ昇らず。
常念岳頂上にのみ日があたり、
今日は快晴になるぞ。
霧が広がってくる。
ロシア民謡「ジグーリ」が頭に浮かんだ。
山でよく歌った。山岳部仲間の北さんは、この歌が特に好きで、彼の声はよく響いた。
狭霧が流れる野の道で、
だれも僕の歌を聞く人もいない野で、
ぼくは「ジグーリ」を静かに歌う。
川面 霧立ち 野辺に流れて
うるわし山は ジグーリの峰よ
うるわし山は ジグーリの峰よ
母なる ヴォルガに 春を迎える
霧に連なる ジグーリに峰よ
霧に連なる ジグーリの峰よ
歌詞の記憶がすこしあいまいになる。
1965年、シルクロード探検のためにハバロフスクからロシアの飛行機に乗り込んだ。
ジャンボ機の座席は列車のように、テーブルを挟んで向い合せになっていた。
北さんと並んで座ると、前にロジア人のおじさんが二人座った。農夫のようだった。
ぼくらはロシア語がわからない。それでも会話がはずんだ。
初めのうちはロシア民謡を歌ったりした。
「ジグーリはどこにありますか。」
おじさんは、ヴォルガの近くにあるという意味のことを言った。
「クトゥゾフはモスクワを放棄した。ナポレオン軍はモスクワに入ったが冬将軍にやられた。」
「そうだ、そうだ」
北さんは昨年の冬に逝った。
今年1月、同じ山岳部仲間だった徹が逝った。