いのちのうた

 

 ハープ(竪琴)の演奏家であり、筝曲家でもあった雨田光平が、ロンドンでの体験したこと。それを、息子の光示氏が聞いて、著書「いのちのうた」に書いている。

「昭和の初め、父が留学していた時のことです。」

 

    父は大英博物館に毎日通っていた。その帰り道、ハープの音が聞こえた。行ってみると、人だかりがしていて、そこに頭が白くなったお爺さんがハープを弾いていた。

    曲が終わると、聴いていた人々は老人の前に置かれていた帽子にいくらかのお金を投げ入れて、手を振ったり、めくばせしたりして、立ち去って行った。

    何日かして、父は又爺さんの演奏に出会い、ずっと最後まで聞いていた。演奏が終わると、爺さんは手押し車にハープを載せ、押しながら帰っていった。

    父は好奇心にかられて、後を付いていった。大通りに出、大きな建物があり、老人はそこに入って行った。その建物は、著作権協会だった。

    辻音楽師は、その日に自分が弾いた曲を協会に申し出て、その曲にかかる著作権料を、帽子の中の金額から払っていたのだった。

    作曲家の著作権を、演奏家は守る。演奏家は、義務としてではなく、作曲家の権利として守る。これを守らないことは、演奏家が音楽の市民権を自ら放棄することだと思う。

 

   

    息子の光示氏は、人間にとって音楽とは何なのか、と思索する。「竪琴の調べ いのちのうた」は、現代社会を音楽を通して見つめている。