歌集 「小さな抵抗 殺戮を拒んだ日本兵」(岩波書店)を読んだ時の深い感動を忘れない。ロシアによるウクライナ侵攻をニュースで見るにつけ、今読み返しては感動を新たにする。
かつてアジア太平洋戦争で中国に侵略した日本軍は、国際法で禁じられている捕虜虐待禁止を守らず、新兵の訓練に捕虜を刺突させ殺した。
新兵の渡部良三は軍に召集されるとき、キリスト者の父から、「殺すな」という教えを受けていた。良三もキリスト者だった。
戦場で、殺人演習と拷問見学が行われた。良三は殺戮を拒んだ。良三はひそかに軍の厠(トイレ)で歌を書きとめた。
殺人に拷問の演習終えし夜の 救いなき思い 吐きどころなし
天地(あめつち)をふるいて 黄砂おそい来ぬ 捕虜を悼む神の怒りか
捕虜殺害の 演習の夜、新兵一人が逃亡した。
戦友の岡部を見ざり 黄塵の朝の点呼に逃亡と決まる
逃げたるは夜半なりしとう 虐殺の心いたみの捨て所(すてど)欲(ほ)りしや
「戦友よ しっかと逃げよ」 さがすべく隊列組みつつ祈る兵あり
逃げおおせ 逃げのび行けよ 地の果てに 兵の道などとるに足らねば
天皇(すめろぎ)の兵を捨てしは逃亡ならず 自由への船出と言いてやりたし
麦の畝(うね)またぎしところ 足跡のわずかに深し われもならいつ
逃亡兵岡部も農の子なりしか 麦畝(むぎうね)踏まぬ心残せり
逃亡した岡部に対して、良三は無事を祈り心の中で声援を送る。捕虜殺害を拒み、脱走はしなかった渡部には激烈なリンチがくわえられた。
血を吐くも飲むもならざり 殴られて口にたまるを耐えて直立不動
死ぬものか リンチを受けて果てんには 小さき命も軽からぬなり