おっかあ
ながぐつ かってけろ
そういったら
あんつぁんからかってもらえ
といわれた
それでおしまいだ
「山びこ学校」(無着成恭編)のなかの「ふぶきの中に」に収められた山元中学校の生徒の詩だ。
教員になったぼくは「山びこ学校」に感動し、大きな影響を受けた。教育とは何か、その原点を示す無着さんの実践、生徒とともに生きる無着さんの生きざまがつづられていた。
昨年、新船海三郎君の尽力でぼくの著作「夕映えのなかに」が出版できたとき、無着成恭さんにこの本を読んでほしいと思った。海三郎君は、無着さんの消息をたずねてずいぶんと調べてくれた。まだご存命のはず、どこにおられるのか。九州別府におられるのではないか、だが分からなかった。
ぼくが無着さんに会ったのは、いつごろだったろう。大阪の教組の仲間数人と無着さんを囲んで酒を酌み交わし、語り合ったことがあった。生活綴り方運動を実践してきた橋本喜代治さんが無着さんと親しかった。無着さんの体は大きく、話も豪放磊落。みんなげら げら笑いながら、話が弾んだ。
今も思う、無着さんに「夕映えのなかに」を読んでほしい、感想をもらえたらどんなに感激するだろうかと。
でも無理だろう。あの山元中学校の実践記録は、1950年(昭和25年)。その時の生徒は、ぼくより二歳上だ。彼らも戦争期を生きた。無着さんの生まれは1927年、ぼくよりも10年上、すると今の年齢は95歳だ。山元中学校は2009年に閉校になった。
無着さん、今どうしておられますか。「夕映えのなかに」は、私の「山びこ学校」です。この手紙、届くことを祈っています。
「山びこ学校」(無着成恭編)冒頭の詩。
雪
石井敏雄
雪がコンコン降る。
人間は
その下で暮らしているのです。