失われた時を求めて  2

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こんな描写もある。

 

 「雨が降り始めた。メガネ屋の店頭にぶらさがっている湿度計人形を見て、心配していた雨だ。雨は翼をそろえて飛ぶ鳥さながら、ぎっしり並んで降ってくる。雨は離れ離れにならない。てんでに自分の場所を占めながら、後に続くものを引き寄せるのだ。空はこの雨滴のために、ツバメの渡るときより暗くなる。

 私たちは森に逃げ込む。雨あしが終わったらしく見えても、弱弱しいゆっくりしたのが、まだやってくる。でも私たちは雨宿りを出る。というのは、雨滴は木の葉が好きで、地面がもうほとんど乾いているのに、たくさんの滴がまだ葉脈の上で遊びほうけていて、葉先に止まったり休んだりしていて、陽に輝いているかと思うと、とたんに枝からころがって、私たちの鼻へ落ちてくるからだ。」

 「野原のはるか彼方のあちらこちらに、夜と水のなかに沈んだ丘腹にとりすがった離ればなれの家々が、帆をたたんで終夜静かに楽々ともやっている小舟のように輝いている。夏の悪天候は、空の奥に頑張っている好天のほんの一時の、うわべの癇癪だ。‥‥」

 

 この長編小説を、日本語に翻訳するという作業は至難の業だったろう。元の原作の表現を理解し、その光景を頭に描きながら、原作の持つ小説の世界を、日本語でよみがえらさねばならないのだから。