どろぼうが入った?


ミヨさんから電話がかかってきて、ちょっと来てくれと言う。
サンダルをひっかけて、痛む膝を気にしながら、お向かいの家に入った。どうしたの?
「どろぼうが、はいった」
「えっ、それはいつ?」
「ゆうべ、夜中、財布がない。さがしたが無い。」
「警察に連絡した?」
「してない、願ったほうがいいかね。」
「そりゃ、警察に言った方がいいよ。」
 去年の秋、某新聞店がミヨさんを脅迫して新聞を契約させようとして、屈強な脅し役の男を連れてきていたとき、ぼくはすっ飛んで行って脅す男と格闘寸前までいったことがあった。その後すぐに警察に連絡したけれど、警察は電話応対だけで警察官はやってこなかった。今度は来てもらわねばならん。
「財布のなかに、お金以外に通帳やカードを入れていた?」
「全部入れていただよ。」
「警察と銀行にも、すぐ連絡しなくちゃ。もうすぐ9時になるよ。どろぼうが預金を引き出しに行くよ。」
「なんだか、その時、頭がぼーっとしてよくわからないだ。」
「どろぼうはどこから入ったの?」
「玄関は閉めてあったでね。入ってくるのは、一箇所開けてあったからそこかね。よくわからないだ。まっくらで、寝ていた私もよく分からないだ。もうろうとして、誰かとはなしをしていたみたい。」
「妄想じゃないかね。」
「でも財布がないだ。ここに置いておいたのが、どこにもないだ。」
「まずは、警察に言おう。それから銀行。ぼくが警察に電話するよ。いい?」
「うん、いいよ。」
 家に戻って警察の電話番号を調べてダイヤルをプッシュしてたら、外で「にいさん、にいさん」という声がした。電話の向こうで呼び出し音が鳴っていたが、警察署の係が出ないから電話をいったん切って出ていくと、ミヨさんがよちよちと歩いてきていた。
「見つかっただ、財布見つかっただ。」
「見つかった? よかった、よかった。」
「わるかったね。おさわがせして。」
 悄然としていたミヨさんの顔に笑いが戻っていた。どろぼうは妄想だった。ミヨさん、一人暮らし、90歳になる。