ミヨコさんの家の高木から、美しいさえずりが聞こえてきた。ときどき山手の方で聞くことがある、その鳥が何なのか、姿は見えず、分からないまま、さえずりだけを耳にする。そのさえずりを聴くと、足を止めて聴きほれる。複雑に変化するメロディは、ヨーロッパの春に歌うクロウタドリ(黒歌鳥)を連想させるが、声はそれよりもっと可憐でか細い。クロウタドリの声は村中に響き渡り、遠くからも聞こえた。
妙なる声でさえずる小鳥。木のどこかにいて、葉の茂みの中で歌っている。
双眼鏡を取りに家に入ったが、どこに置いたか見当たらない。外に出て、木の近くまで行ったときにはもう声は響かなかった。
今朝、田んぼの上を滑空する初ツバメを見た。
新緑、芽吹く。
シャクナゲが咲き始めた。ハナミズキは満開。ボケも満開。
良子さんがくれたヤマボウシの苗が根付いた。
桂の樹のひこばえを根もと近くで曲げて一部分を地中に入れ、そこから根を生やす「とり木」が成功し、今は独立した苗木になった。これをほしい人にプレゼントしようと思い、樹のない家の人に声をかけている。二人の奥さんに声をかけたが、ほしいという返事は無い。
三人目、お隣には一本の樹もないから、声をかけてみよう。子どもたちは進学し、進級し、それぞれ節目の時。奥さんも新しい仕事を始められた。今の家族を記念して、長い将来に向かって樹を植える。
「桂の苗木がうちにありますから、記念樹に植えませんか。シンボルツリーになりますよ。これから家族を見守ってくれる大樹に育ちますよ。
なんと言っても、桂(かつら)ですからね。枕草子で清少納言も書いているんですよ。
『樹は桂。』とね。
『春はあけぼの。やうやうしろくなりゆく山際……』というのは中学の教科書にも出てきますね。樹は桂がいいですよ、というのは教科書には出てきませんけど。
中国の伝説では、「桂」は「月の中にあるという高い理想」を表す木とありますが、どうもそれは木犀の一種のようです。桂の葉はきれいなハート形。枝はすっくと天を突く。秋には黄色く紅葉する。落葉は甘い香り。上高地の徳沢園にある桂の大木は、落ち葉する時の美しさは比類なきものと讃えられています。
子どもたちと一緒に植えませんか。」
そう声をかけてみよう。