なぞの鳥は?

 二日間雨模様だった。三日目、快晴がやってきた。外に出ると、輝き渡る空から光が満ちあふれ、街も山も一変した。イン川はアルプスの水を集めて、白く波打って流れていく。こんなにも世界が変わるものか。街の北、碧空高くそそりたつ岩峰、南の谷深くそびえたつ雪山、吹く風はさやけく、行くべし、山へ。
 バスに乗って、郊外のイグルスまで行く。バスを降りたとき、頭の上から小鳥の声が降ってきた。花々を窓際に咲かせて静まりかえるチロルの木の家並み、村は輝いていた。
 一羽の小鳥のさえずりは、村中に響き渡った。その姿は眼の前の木の葉の茂みに隠れて見えず。このメロディは聞き覚えがある。複雑なメロディになっている。しかしここで聞く声は安曇野で聞いた声に比べると大きい。同じ鳥なのか異なる鳥なのか。いったい何という鳥なんだろう。
 ぼくはそれからこの鳥の正体を調べてみようと思った。
 その日はロープウェイで登り、山のトレッキングをした。ロープウェイには愛犬を連れ、ザックをかついだおじさんが二人いた。アルム(牧草地帯)と低い樹林地帯を縫うように、小道は少しの上りと少しの下りを繰り返しながら、くねくねと続く。アルペンローゼの赤い花が一面に咲いていた。
 トレッキングコースを歩き終えて、リフトで麓の村に下った。そこでもまた高らかなさえずりを遠くで聞いた。
 次にその鳥に出会ったのは、数日後のことだった。ヨーロッパでいちばん美しい村とも言われている村、インフォメーションで宿を紹介してもらって泊まった。偶然その日から村祭だった。
 村の男たちの手で、祭準備が村の中心部で行なわれており、道際にライブコンサートの仮小屋が二箇所みんなの力で建てられていく。
 そのとき、またあの鳥がしきりに鳴いた。ぼくは三十歳ほどの男に聞いてみた。
 「あの小鳥は、なんという名前?」
 英語とドイツ語とちゃんぽんでたずねた。男は勘違いして、「バウム」だと言う。それなら「木」だ。
「木じゃないよ、フォーゲルだよ」
 鳥なのか、男は、ちょっと困った顔をした。ぼくは小鳥に似せて口笛を吹いた。そして独日辞典を渡した。男は辞書をくっていたが、あるページの一箇所を指で差した。
 「スズメ」
と書いてある。
 スズメじゃないよ、スズメじゃないよ、ぼくは笑い出し、男の肩をたたいた。
 翌日、村をでるときのことだった。祭りのパレードも見て、バス停でバスを待っていた。例の小鳥が村の教会の屋根あたりで鳴いていた。どうも色が黒っぽい。
 祭りにやってくる車の整理をしている若い男がいた。ぼくは男に聞いてみた。すると男は陽気に笑いながら、牛の格好をして、
 「知らない、知らない、カウだったら知っているよ、モウー」
 男は大きな声で、モーと叫んだ。ぼくも彼も大笑い。
 別のご夫婦一組もバスを待っていた。男の顔はカラヤンに似ている。このカラヤンは知っているかもしれないぞ。またまた質問。するとカラヤンは、
 「アムジー
と言いながら奥さんの顔を見て同意を求めた。
 「アムジー
 奥さんの答えも同じだった。
 その夜、インスブルックに帰って辞書を調べると、
 「アムジー  クロウタドリ
とあった。そうだったのか。黒い鳥で、歌を歌う鳥だ。
 旅の終わり、ヴィエナの公園で、クロウタドリに目の前2mほどで再会した。小鳥は、目の前で高らかにさえずる。遠くでそれに答える声が聞こえた。鳴き交わしているのだ。
 小さなこの発見は、心の中では大きな発見だった。


 旅から帰って調べたら、 
<雄は全身黒色で、くちばしと目の外縁は黄色。全長:28cm、主に迷鳥として南西諸島や日本海側の地域に渡来。ヨーロッパ西部では留鳥として通年見られる。ロシアや中国では夏鳥。日本では旅鳥またはまれな冬鳥として、北海道から沖縄県まで記録があり、特に西表島与那国島での記録が多い。公園や路上などでよく見かけ、地上でよく虫をついばんでいる。虫の少ない季節にはベリーや木の実も食べる。美声で有名。ヨーロッパでは春の訪れを感じさせる鳥で、スウェーデンでは国鳥になっている。ビートルズの楽曲「Blackbird」や、マザー・グースの6ペンスの唄に歌われている「blackbirds」は、この鳥のこと。作曲家オリヴィエ・メシアンクロウタドリの歌を気に入っており、採譜したうえで「世の終わりのための四重奏曲」及びフルート曲「クロウタドリ」などに用いている。>
とあった。