ドイツのおもしろい話


 ドイツのフライブルクに住んでいる今泉みね子という人が、おもしろい話を書いていた。彼女は、翻訳をしたり雑誌の記事を書いたりしながら、ドイツの環境関係の資料収集も行なっている。おもしろい話というのは、彼女の執筆した「緑のフライブルクで愛を見た」という本のなかのひとつのエッセイ。23年前のことである。 
 要約するとこんな話。

 七月のある日、近所に住むプータローのフランクが、例によって前の晩にしこたまビールを飲んで翌朝惰眠をむさぼっていたら、ただならぬ物音がした。眼を覚ましたフランクが一階の窓から外をのぞいてみると、家の外壁にはツタが屋根までうっそうと繁っているのだが、植木職人がそれを根もとから電気のこぎりで切っている。このツタの茂みには、毎年ブラックバードが巣をつくり、ヒナを育てている。今年も鳥たちは春に美しい声でさえずり、巣をつくり、ヒナを育て、餌を運んでいた。
 それを見たフランク、驚いて叫んだ。
「やめろ! そこには鳥が巣をつくっているんだ」
 だが職人、
「おれたちはここの家主の注文で仕事をしているだけだ。鳥のことなんざあ、知ったこっちゃねえ」
 フランクは怒り心頭に発し、市の環境保護課に電話した。環境課の職員は熱心に対応してくれた。その行為は違法になる。
 こういうことだ。
 三月から九月までは、樹木、生け垣、灌木などは切ったり破壊したりしてはならない。野鳥がヒナを育てている間は、鳥や、鳥の棲み家を切ったりして壊してはならない。
 これは自然保護条例に定められている。植木屋のしていることは条例に触れる。
 市の職員が駆けつけてきて、植木屋に作業をすぐに中止するように命じた。だが、ツタはすでに根もとから切られていた。
 植木屋に伐採を指示した家主には、環境保護課からすぐに連絡が行き、家主には罰金が科された。
 鳥が巣をつくっていなくても、三月から九月までは、生け垣、灌木、木の枝を切ってはならない。そこは、鳥だけでなく、ハリネズミなどの小哺乳類、トカゲなどの爬虫類、昆虫の棲み家になる。市の樹木保護条例は、個人所有の樹木でも勝手に切り倒すことを禁じている。
 という実際にあった話。うーんと、うなってしまう。
 さすがは生物多様性環境保護を実践しているドイツである。中でもフライブルクはエコポリスと言われるほど環境政策に積極的な市である。この市の環境政策は、市民から湧きあがってきたものであるという。フライブルクは、「黒い森」シュヴァルツバルトを含む。
 それから23年たつ。ドイツはそれよりもさらに環境政策を進展させている。しかし日本はどうだろう。
 安曇野ではここ数年でも大木のケヤキもばっさばっさ伐られた現場を目撃するし、生活空間の雑木林も壊滅的だ。屋敷林もその所有者のもの、伐られてもだれも文句が言えない。だが、個人所有のものであっても、そこに生命を得て育ってきた樹や雑木林は、人々の精神生活にかかわる公共のものという性質を持っている。樹木は個人所有を超えた公的な存在という考えが存在しない日本は、環境破壊は止まるところしらずだ。