冬が来た


朝霧のなかをランと散歩する日が増えた。
最近、朝霧が多い。
朝の気温も零度下になった。
白樺もヤマボウシも、カツラもハナミズキも葉を落とし、冬眠に入った。
9月終わりに種をまいたリーフレタスが、いっこうに芽を出さず、
一か月ほどしてから、かすかな緑がチロッと数本出てきた。
それから、わずかにわずかに大きくなった。
そこへ霜の季節が来た。
透明なポリシートで覆ってやったら、生長が少しよくなった。
ホームセンターに、リーフレタスの値引きしたのが出ていた。
10本連続トレイに入って、270円。
それを買ってきて、にわかに草を取り、肥料を入れてそれ用の畝をつくった。
レタスの根が肥あたりしないように、鶏糞と油粕は下の方に入れて、
牡蠣がら石灰を撒いた。
木灰をつくろう。
庭の剪定木の枯れ枝を、ブリキの空き一斗カンのなかで燃やして、木灰をつくり、土に撒いた。
植えてから、同じようにポリのトンネルにした。
今朝、のぞけば、しおれていた葉が元気にしゃきっとしている。
霧の中から、小鳥の群れが現れた。羽音がザオーとふりそそぐ。
ムクドリがやってきた。
今朝は、曇りときどき雨。
寒々と暗い。
こんなときは、フィッシャー・ディースカウの歌曲が聞きたい。
ベートーヴェンの歌曲集につづいてシューベルトの歌曲を、適度な音で聴く。
シューベルトの歌曲集「水車屋」の詩はヴィルヘルム・ミュラーの作。
日本ではこの題名は「美しき水車屋の娘」になった。
「冬に読むために」という言葉が詩に添えられている。
シューベルトの一生には、華やかな栄光に満ちた時期はなかった。この曲集がつくられた1823年は、シューベルトの最悪の時期だった。悪性の病気、頭髪は抜け落ちた。家計は苦しくなった。歌劇の上演は挫折、肉体的精神的な苦痛が彼をおそった。
「冬の旅」を聴いた。この曲は4年後につくられ、翌年彼は31歳で亡くなった。短い生涯だった。
白鳥の歌」を聴いた。これは没後に出版された。そのなかに有名な「セレナード」が収められている。