高齢者をねらう悪徳業者


 夕方五時ごろ、ミヨコさんの家の横に一台の軽自動車が止まっていた。ウォーキングから帰ってきたぼくは、ミヨコさんの家に誰か来ているな、と注意してその家の玄関に目をやった。男がガラス戸の前に立っている。ピンポンと鳴らしてもミヨコさんが出てこないから、男はあきらめて帰ろうとして、ぼくの姿を見てこちらにやってきた。
「どちらの新聞をとっておられますか」
男は新聞店をやっているという。購読紙を言うと、
「Y紙をとってくれませんか」
「私とこは、A紙を購読しています。Y紙は政権寄りで、だめです。」
「首相が報道陣の質問に応えずに、『そのことならY紙をよく読め』と。あんなこと言いましたからねえ、困りますよ。」
 男はそう言ってあきらめて帰って行った。男は購読者を一軒でも増やそうと、ミヨコさんのところにやってきたらしい。
 日は落ちてすっかり暗くなったとき、家の窓からミヨコさんの家を見ると、また夕方と同じ車が止まっている。また来たか。ミヨコさんの玄関に電灯が点いていて、引き戸のガラスに男の影が映っている。このとき、ぼくの頭に警戒信号が点いた。男の影が動く。しつこく契約をとろうとねばっているようだ。ぼくは注視した。男の影が奥に動いていけば、玄関から奥へ上がって強盗に早変わりしている可能性がある。ぼくはすぐに対応できるように家から出て、生け垣の陰に身を潜めた。すると目の前の道路の暗がりにもう一人、男がいる。頑健そうな大きな男だ。時刻は午後七時ごろ、屈強そうな男は、ケイタイで誰かに電話をしている。ところどころ声が聞き取れる。「時間をかけて、この家は落す」、という意味に聞き取れた。大男は電話を終えるとミヨコさんの家に入って行った。ぼくの頭の警戒信号は危険信号に変わった。ぼくは急いでミヨコさんの家に行って、玄関の戸をがらりと開けた。二人はミヨコさんに迫っていた。ぼくに新聞を勧めた先の男が、いろんな品物をミヨコさんの前におき、これを差し上げるから契約してほしいと言う。
「サインするだけでいいんですよ。」
 ミヨコさんはあがりがまちに腰を抜かしたようにしゃがみこんで、哀願している。
「わたしゃ、新聞読まないだよ。こらえてくださいよ。」
 ぼくの頭に抗議信号が点いた。
「やめろよ。やめろ。本人が断ってるやないか。」
 大男がぼくの方に向きを変えて怒りだした。大男の身体はぼくのすぐ目の前にある。
「おまえ、だれじゃ。どこのもんじゃ。おまえは何の関係あるんじゃ。」
 大男は暴力的な威圧を始めた。ぼくの抗議信号は闘争信号に変わった。恐怖感はなかった。相手の言葉になんとなく関西訛りが感じられた。この男、大阪人かもしれない。そう感じると、ぼくのなかの大阪人がめらめらと燃えてきて、大阪弁でまくしたてた。大男は言葉に気がついた。
「お前、大阪か。」
「そうじゃ、大阪の河内じゃ」
「大阪の河内? ふふん」
 このとき、相手は一瞬引いた感じがする。
「ミヨコさん、警察に電話して。」
 ぼくが促すと、ミヨコさんはおろおろして電話もできない。
「指一本、触れてみい。」
 ぼくがそう言うと、新聞店の男は、ミヨコさんの前に並べていたものを片づけて、大男を促し引き揚げにかかった。ここで暴力沙汰を引き起こしたらやばい。
 大男は引き揚げるときに、後で警察沙汰にならないようにしておこうと考えたのだろう、二言三言何か言った。その言葉が不思議なことに、ぼくの頭に残っていない。
 彼らは、捨て台詞を残して帰って行ったから、この後何かをしでかすかもしれないと、警察に電話をし、顛末を伝えた。だが、こちらの頭がまだ興奮しているからかもしれないが、その応対があまりにのんきで、ことを軽く考え、管轄地域のことも知らないのであきれてしまった。新聞店から事情を聴いてみてくれと言うと、その店はどこにありますか、とこちらに問う。そこで警察署から車で数分のところにある別の大手の新聞店を伝えると、それも知らない。さらに、事件でないと現場へは行かない、という。これは事件の未遂で、氷山の一角で、声を出せない高齢者の被害がどこかに潜んでいるかもしれないとは考えないのだろうか。すぐに飛んで来て、情報や、市民の危機感を聴きとることをしない。警察もお役所仕事だ。これでは県警のトップに意見具申するしかないかと思っている。