社会を動かす感情


 「思想はやがて社会の動向を左右する力を失うのではないか、とぼくは悲観的なことを考えている。」
 と池澤夏樹が言っている。無力を導くのは情報革命。
 「これまでは交友、言語、制度、思想などが人間と人間とをつないできた。資本主義になってから金銭の媒介が加わった。今では人間は消費者である。あなたは懐妊以前から死去の後まで広告に包囲されている。」
 まったくその通りだな。消費、広告・情報に包囲されている。
 「今や個人の消費行動は、すべてネットを通じて××に報告される。思想信条、その時々の思いはSNSから抽出される。」
 SNSとは、人とのつながりを促進・支援する、コミュニティ型のWebサイトおよびネットサービス。コミュニケーションを円滑にする場を提供したり、趣味、居住地域、出身校、「友人の友人」といったつながりを通じて新たな人間関係を構築する場を提供する。世界最大のSNSは「Facebook」、短いつぶやきを投稿・共有する「Twitter」。かくしてすべてがネットを通じて集積され保存される。これがビッグデータ
 「ビッグデータには社会の現況がそのまま入っている。これが広告に応用される。××はこれにもとづいて社会の舵を取ることができる。」
 池澤夏樹は、アメリカ大統領選挙にこのビッグデータが使われたと推測する。そうして広告・情報戦略が立てられた。人びとの欲望を読み解き、共感と反発が拮抗するぎりぎりのポイントをねらって政策を設計したと推理する。
 「結果、有権者はトランプというとんでもない欠陥車を買った。この場合、それで戦争になろうが、恐慌が来ようが、それは投票した人びとの責任、と言えるか? 普通選挙による民主主義は意味を失ったかもしれない。」
 ここで、池澤の悲観がからんでくる。
 「思想はやがて社会の動向を左右する力を失うのではないか、とぼくは悲観的なことを考えている。」
 思索し思想を練ろうとも、ビッグデータにもとづく情報に操作された感情がそれを吹き飛ばしてしまう。
 「瞬間瞬間の国民の感情がことを決める。感情には思索の過程は痕跡としても残らない。その感情は××の操作の対象である。」
 たしかにこの感情がトランプを生みだしたようだ。××の操作によって生み出された感情によって。そこで池澤は言う。
 「これは究極の平等社会だろうか。ぼくはビッグデータの主体を××と書いてきた。その正体は何だろう? 」
 わからない、××自身にも自分の正体はわかっていない。そうすると思想とは何なのだ。それはファッションでしかないのか? 人類は、手綱のない暴走を始めたのか。
 池澤のこの警告をどう受け止めるか。
 日本の政治も異常な状況を呈している。思索し、思想を練り、それにもとづく意見具申をしても、社会を動かす力となりえず、思想は風前のともしびとなり、大衆の感情を操作してその感情に依拠する政治が動いていく。この政治は、一応思想を掲げているふりをするが、擬態である。