温泉につかりながら


 安曇野の西部、山沿いにいくつか温泉施設がある。
 三郷の「ファインビュー室山」は、小山の上にあり、野天風呂から安曇野が見わたせる。湯の中で肌に触るとつるつるする。
 改築された穂高の「しゃくなげ荘」は中房温泉に行く途中に源泉があり、そこから引き湯していて、天然温泉という札が湯船にもかかっている。ここは客が多い。

 去年の秋に収穫した黒豆の選別で、虫食いやゴミを取り除く作業をしていたら、身体がすっかり冷えてしまった。年をとると、身体が冷えているのに、あまり感じない。冷えていると感じたときは、芯まで冷えている。これは、すぐに温泉で温めなくては、と家から車で10分ほどのところにある「ほりでーゆー」へ行った。烏川渓谷添いの山道にはまだ雪が道路際にあった。
 客は二十人ぐらいいた。冷えた身体には、それほど熱くない湯なのに脚が熱に驚き、そろそろと腰までつかった。しばらくいたら、やっと温度が熱く感じられなくなり、首までつかった。
 大風呂にひとりつかっていると、湯に入ってきた人がKさんに似ているなと思った。その人は、少しして外の野天風呂に行った。やっぱりKさんかもしれんな。声をかけてみよう。野天風呂の温度の低い方に、Kさんらしい人はつかっている。
「よー、Kさん」
 笑いかけると、やっぱりKさんだった。Kさんも、オウと言って笑った。野天風呂の周りに置かれている岩にもたれて、二人並んで話した。
「大丈夫ですかね。」
「大丈夫、昨日も入りに来たでね。」
「よくまあ、ここまで元気になって、よかったですねえ。」
 Kさんは一昨年、臨死体験をした。その話はKさんから直接聞いた。それから回復したものの、二月の裁判の傍聴の時に出会ったKさんは、このごろ頭がふらふらする、と言っていた。
 温泉につかりながら、話は裁判のことになった。三郷の果樹地帯のなかに、産業廃棄物の処理業者が施設をつくった。その被害が住民を悩まし、反対運動がおこった。もう10年をこえる裁判闘争になっている。業者のやり方もさることながら、市や県が住民を守る側に立たないで、むしろ業者を擁護するかのごとき動きをしてきたことが、解決をこじらせてきた。裁判闘争は証人喚問を行なっており、これから重大な局面に入る。ぼくもKさんも原告団にはいっている。
「新たな問題が浮上しているんですよ。」
 Kさんはそう言った。野天風呂に首までつかりながら、その話を聞いた。たしかにそれは新たな重大な事実が明らかになってきている。
 ぬるいほうの野天風呂には他に客はいない。曇っていて、晴れたら見える常念岳は見えなかった。
「この10年の記録を文章化して、残していくことが必要だと思いますよ。足尾鉱毒事件と渡良瀬川流域の被害について荒畑寒村が書いたように、また、水俣病石牟礼道子が書いたように、それをやっておかねばならないと思いますよ。それをやれるのは、Kさん、あなたですよ。」
 ぼくはかつてのKさんの著書の文章が、いいなあと思っていたから、そう薦めた。それはKさんがかかつて勤めていた、潰れかけた高校から、わずかな部員で甲子園に出場した話しだった。今、Kさんは無職。とっくに学校を退職している。
「いや、私がこの運動にタッチしたのは途中からだから、それはNさんのやることですよ。問題の初期からやってきたNさんです。Nさんは記録もばっちりとっているからね。」
 そんな話をしているうちに、汗が額からポタポタあふれ出てきた。
「こりゃ、つかりすぎましたよ。」
 久しぶりに身体の芯まで温まった。
 Kさんと別れて家に帰ってきたが、身体の芯まで温まったという実感が夜寝るまで続いた。日ごろ身体はかなり冷えているんだなあと、発見した一日だった。