奈良公園にリゾートホテル建設計画、歴史遺産の破壊

奈良公園」内に奈良県がリゾートホテルを建設する計画が進められており、それに反対する運動が行われている。ぼくは早速建設反対の署名をしたが、地元の運動体は次のような趣旨(要旨)で呼び掛けている。

 「2013年、奈良公園景勝地若草山にモノレールの建設計画を発表した奈良県の荒井知事が、再び奈良公園にリゾートホテルを建設しようとしています。国指定の名勝であり、文化財保護法古都保存法に基づいて歴史的風土特別保存地区に指定されているところです。また、奈良市風致地区条例によって第一種風致地区に指定され、一切の商業施設の営業は認められていない地域でもあります。さらに、この地は奈良公園ユネスコ世界遺産の認定を受けるにあたって、住民の居住地区との緩衝地帯として位置づけられています。県は国から当該地を購入し、奈良公園編入した上で、県の裁量でホテルを建設しようというものです。公園法によれば、公園の用に呈する建造物以外は建てられないことになっているはずです。県は、さまざまなルールを捻じ曲げてでもホテルを建設しようとしているのです。
 2020年東京オリンピックを控えて、奈良にホテルが必要だとの時流は理解できても、それが、この地である必要性はありません。ムササビや野鳥の生息するこの自然環境を壊すのは本末転倒です。知事は、県議会の答弁の中で、『反対する住民は一部であり少数だ』と無視して計画を推進する姿勢です。
 奈良公園は、日本の宝であり、世界遺産の登録を受けた世界の財産です。子々孫々に悔いを残さないため、日本全国の見識ある皆さまの民意として署名をいただきたく存じます。
<署名呼びかけ団体/呼びかけ人>
奈良公園の環境を守る会・高畑町住民有志の会
辰野勇(代表)、田中幹夫、椎名誠夢枕獏野田知佑、渡辺一枝、天野礼子、風間深志、大場隆博、佐藤秀明林家彦いち寺田克也、吐山 真、藤森善正、小宮みち江、大尻育子、桧垣泰弘、波多野武司」


 奈良は我が家族が25年住み、奈良公園は故郷のようなところだ。


 奈良にはこんなとてつもない歴史がある。

 明治の初め、日本に来たアメリカ人のフェノロサは仏像や浮世絵、日本庭園など日本美術の美しさに心を奪われた。日本人は、枝に止まる小鳥にも美を見出し、山水や花を愛でている。日本をもっと知りたい。そう思ったフェノロサは全国の古寺を旅した。そのとき、意外な事実に直面した。文明開化の日本人が日本の文化を破壊しているのだ。
 明治新政府は「祭政一致」の政策を掲げ、神道を国教化する方針を採った。明治初期の日本人は西洋文明を崇拝し、浮世絵や屏風、仏像・仏画など貴重な文化財を二束三文で外国人に売りとばしていた。
 明治政府は、天皇神道に権威を与える為に、神仏分離令というとんでもない政策を施行する。それによって廃仏(はいぶつ)毀釈(きしゃく)が行なわれ、仏教に関するものは政府の圧力によってどんどん破壊された。
 八年間続いた神仏分離令は各地の寺院、仏像を次々と壊した。全国十万の寺は半数になり、貴重な文化財は数知れず失われた。奈良興福寺は寺領を没収され、僧たちは神官に転職させられた。興福寺の伽藍は破壊され、三重塔や五重塔は二百五十円で売りに出された。ついに五重塔が焼かれようとしたとき、地元住民が火災の延焼を恐れて焼くことを阻止した。阿修羅像は奇跡的に生き残った。
 ぼくの愛する阿修羅像、よくぞ生き残ってくれた。
 強い衝撃を受けたフェノロサは、日本美術の保護に立ち上がる。
 「日本人は、どうして自らの文化を低く評価するのか。」
 フェノロサ日本画家たちへの講演会で述べた。
 「日本にしかない芸術があるのです!」
 フェノロサは文部省に掛け合って美術取調委員となり、岡倉天心と京都・奈良の古美術の調査を開始する。そして法隆寺・夢殿の創建時から絶対秘仏とされていた救世観音像の厨子の開扉を実現する。観音像は布でグルグル巻きにされていた。それは等身大の聖徳太子像だった。
 「この驚嘆すべき、世界に比類のない彫像は、数世紀を経て我々の眼前に姿を現した。」
 救世観音は穏やかに微笑んでいた。
 フェノロサの助手を務め、日本の美に光を当てた岡倉天心東京美術学校の設立に大きく貢献し、のち日本美術院を創設した。
 「日本の根は何か? 大和の根は何か? 日本人の根幹を支える美術とは何か?」
 古美術、仏教美術は日本の心。美術は歴史と文化の象徴。それが日本では暴力的に破壊されている。岡倉天心も己が国の文化を知らない日本人を厳しく批判した。
 大和は全環境が歴史であり、美の世界なのだ。斑鳩や西の京、明日香や奈良公園の、文化財の残っているところだけを部分的に保存するだけでは、歴史的文化遺産の保存にならない。奈良や京都は、地域の自然環境、風土と共にトータルに保存されなければ、結果として全破壊、全否定となる。すでに破壊は取り返しのつかない段階に来ている。なおこの上、破壊を進めるつもりなのか。