野の記憶    <5>

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野の記憶 (「安曇野文芸2019・5」所収)

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 大和に魅せられた入江泰吉奈良公園の一角に居を定め写真を撮りつづけ、その写真は人々を感動させた。

 「万葉集に流れる自然観は古代人に共通のもの、彼らは自然と共に生き、愛し、崇め、心のよりどころにしていた。美意識はそうした生き方から生まれた」

と、それを写真に表した。

 画家の杉本健吉は、入江泰吉について、こんなことを書いていた。

 「電柱、電線、ビニールハウス、ガレージ、ブロック塀、テンプラ文化住宅……、大和平野はこれらを嫌ってはもう写真を撮れなくなっている。飛鳥川の清流に沈んでいる空き缶を精出して取り除く入江泰吉の苦心の作業のあとに万葉大和路の写真が出来上がる。」

 僕は、入江の見事に美しい写真を見て、この薬師寺五重塔の写真を撮れる場所は、まったくある一点しかないのではないか、その一点を探さねばならない、と思ったりした。

 「景観とは、単なる風景ではない。それは、自然的、文化的、歴史的、技術的な背景を含めた全体的な存在を表す概念である」

と、ミュンヘンで建築活動を行ってきた水島信はドイツと日本を比較して意見を発信した。水島は、

 「都市計画の根源的な目的は快適な環境の生成であり、美しい景観はこの目的の達成によって得られる。生活空間が健全で快適に機能するには街並みに一定の秩序が必要である。住民が快適な生活を行なうことによって、街区が美しくなるという原則がある。ドイツでは街づくりに市民が責任を持って参加し、伝統があり魅力ある街をつくる努力を重ねる。木陰のビアガーデンに市民が憩い、ビオトープを創るという発想はそうして生まれてきた。」

 ヨーロッパでは数百年の歴史をもつ家が愛されて人が住む。ドイツは爆撃で破壊された中世からの街の復元とともに、美しい街道を全国にめぐらし、多様な生物が生息する森づくりを進めた。山地にはオオヤマネコも棲む。野生のヨーロッパオオカミも戻ってきた。中世からの城壁に囲まれた街を復元したローテンブルグでは、観光客は車を城外に置いて、歩いて街に入ってくる仕組みにした。

 では日本はどうか。僕は木曽の妻籠宿に魅かれた。

 妻籠へ行こう、家族で毎年通った。子どもが幼い頃だった。民宿のばあちゃんはいつも囲炉裏で五平餅を焼いてくれた。子どもたちは囲炉裏の傍に座り、火ばさみで燠(おき)をいじる。「子どもは、火が好きだで」と、ばあちゃんは微笑む。住民は生き残りをかけて江戸時代の宿場復元に取り組んでいた。街道の電柱は取り去り、車は宿場の中に入れない。住民は歴史を刻む住居で生活を営み、訪れる人はその年輪に心安らぐ。