犬の願望


毎朝、ランの喜びは雪原の散歩。
人も車も来ない。うれしくてたまらない。
リードをはずされたランは、雪を蹴って自由に走る。
とつぜん雪の中に鼻をつっこんで匂いを嗅ぐ。
ひょいと畔の雪の中に、野菜のこぼれ種の育ったのがあるのを見つける。
ランは、葉っぱをぱくっと食べる。


走るランは美しい。
細い脚が前後にしなやかに伸びる。
溝を一跳びに、
畔から一跳びに、
跳躍する姿は美しい。
祖先の狼の時代から、
何万年か何十万年か、
犬は駆ける動物だった。
四本の脚は、疾駆する。
疾駆して生きてきた。
獲物をとるとき、敵から逃げるとき、
身体は前後に長く伸びた。
雪の野原でそれがよみがえる。
ランは自然を取り戻す。


ランは意思を伝える。
思いついたら伝達する。
ランの言葉は豊かだ。
その言葉は、眼差し、
じっと目を見る。
その言葉は、声、
短く小さく、鳴く。
その言葉は、足踏み、
カタカタカタ、前足を踏みならす。
その言葉は、行動。
前に座って、なでなでしてよ。
おもちゃをくわえて、遊ぼうよ。
外出の見送りも お迎えも、しないではおれない。


ランの意思は願望。
何かをしたい、
何かをやりたくない。
食べたい、飲みたい、寝たい、
休みたい、一緒に遊びたい。
外へ行きたい、行きたくない。


単純明快、
過去と未来への思いはない。
恨んだり、後悔したりすることはなく、
残念がったり 悔しがったりすることはなく、
この世の中、どうなるのかなあと心配することもなく。


けれど、
ぼくらが長く外出すると、
待って待って、ひたすら待っている。
寂しい、寂しいと待っている。


犬は生涯待っている。
そして、
ぼくらが帰ってくると、
歓喜の声をあげて、はしゃぐ。


犬は生涯待っている。
雪原を自由に駆けまわることのできる日を。