福島の親子キャンプ


 福島に帰る朝、エイトちゃんがひとり、地球宿の庭で小さなポリ袋を開いていた。4歳のエイトちゃんは、「どあい冒険くらぶ」のキャンプ場で、自分の指の爪ほどの虫を2匹つかまえ、土といっしょにポリ袋に入れて地球宿に持ち帰った。今日、家に帰るからこの虫は逃がしてあげよう、お母さんにそう言われたのか、自分の判断なのか。このままポリ袋に入れて持ち帰っても虫は死んでしまうかもしれない。エイトちゃんは庭の草むらの前にしゃがんで、ポリ袋を開けてひっくり返した。オサムシだろうか、ゴミムシだろうか、土と一緒に出てきた。カブトムシとクワガタ以外の虫は、ほとんどの子どもたちは関心を示さない、エイトちゃんは、名前の知らない小さな黒い虫を2匹、大切に持ちかえっていたのだった。
「エイトは帰るからね。虫さんも、草の中に帰っていったね。よかったね」
 そう話しかけると、エイトちゃんは草むらに消えた虫に満足そうだった。

 キャンプ中にこんなことがあった。キャンプ場の下にある自然公園に、二人の小学生とお母さんがやってきた。そこにはクヌギの木が数本ある。カブトムシ、クワガタを探しに来たんだなと思って、ぼくはベンチに座って見ていた。
「虫とりですか」
 たずねると、お母さんが応えた。
「いえ、虫を逃がしに来ました。お盆ですから」
 思いがけない返事だったからぼくは感心した。小学2、3年生ぐらいのお兄ちゃんは、カブトムシをクヌギの木の幹につかまらせた。カブトムシは幹をゆっくり上に上っていく。
「いいですねえ。今この上で福島の子らがキャンプをしてるんです」
「ああー、そうですか。どあい冒険くらぶですね。この子も冒険くらぶに入っていて、先日までキャンプしていたんですよ」
 そうか、カブトムシはそのときに獲ったのか。
 「お盆だから」と聞いて、ショウちゃんを思いだした。

 ぼくが安曇野でウォーキングしていて穂高地区で出会ったショウちゃんは、当時3歳だった。家は、野の中の一軒家で、ショウちゃんは家の前で一人で遊んでいた。ショウちゃんの友だちは飼っているネコだった。ショウちゃんが外に出てくるとネコも後ろから付いて歩いた。ショウちゃんはそれからぐんぐん大きくたくましくなり、今はもう小学6年生になった。3年前、ショウちゃんはカブトムシ獲りの名人だと知った。獲ってきたカブトムシとクワガタは50匹ほどいると言うから見せてもらうと、大きな箱に入れて飼育していた。
「よくまあ、これだけ獲ったね。安曇野のどこにこんなにカブトがいるの?」
 今ではカブトムシやクワガタの獲れる木なんかどこにも見当たらなかったから、50匹なんて考えられなかった。ショウちゃんは、どこによく獲れる木があるか知っていて、山の方まで出かけるんだと言う。それからしばらくしてショウちゃんにたずねると、
「お盆だから逃がしてやった」
と言った。

 この夏も我が家に息子や孫たちが帰ってきた。お盆のときに孫たちを連れて散歩していて、ショウちゃんの家に立ち寄ってみた。
「ショウちゃん、今年もカブトムシいる?」
 カブトムシを見せてほしいと言うと、ショウちゃんは、
「お盆だから、昨日みんな逃がしてやった」
と言った。
「あれー、そうかあ、残念」
「一日早かったらよかったね」
 ショウちゃんの口ぶりは、もう中学生が近づいていることを示していた。

 「安曇野ひかりプロジェクト」が行なっている福島の親子キャンプ、今年も地球宿とどあい冒険くらぶキャンプ場で行なった。火を焚き、食事をつくり、ドラム缶の風呂に入り、川で遊び、木にのぼり、ヤギの乳を搾り、虫とりをし、魚釣りをし、テントで寝た。
 小学6年生のお姉ちゃんスタッフ、高校生のお兄ちゃんスタッフ、大学生と青年のお兄ちゃんお姉ちゃんスタッフが、愉快なキャンプを創ってくれた。