「あるく ウォーキングのすすめ」(宮下充正著 協力 暮らしの手帖編集部)という本


 ストックを右手について歩く、ランと一緒に痛むひざを引きづりぎみに、朝の道を。
 NHKテレビの朝の人気ドラマは、花森安治編集長の雑誌「暮らしの手帖」が舞台になっている。蔵書を整理していたら、ひょいと暮らしの手帖社の本が現れた。「あるく ウォーキングのすすめ」(宮下充正著 暮らしの手帖編集部協力)という本で、平成4年(1993年)の出版になっている。やはり丁寧な写真に挿絵や図がたくさん入っていて、雑誌「暮らしの手帖」の特集も加えられ、暮らしの手帖社の本そのものだ。そのころ、僕は健脚を誇っていたから、この本の内容に関心をもった記憶がなく、「あるく ウォーキングのすすめ」という内容の記憶も残っていない。
 1970年ごろから「暮らしの手帖」の購読は20年ほどしていた。「商品試験」がこの雑誌の目玉で、広告は一切なしだったから、内容に権威と信頼があった。テレビドラマでも市井の人々の暮らしを見つめてどんな記事を載せるかと、編集者が苦心する場面が登場する。
 「あるく ウォーキングのすすめ」を手にしてぱらぱらと読んでみた。「暮らしの手帖」編集部は、人びとは何を求めているかと、社会を観察し、考察、実験・研究を重ねて、記事内容を創っていたが、やはり「あるく ウォーキングのすすめ」も同じだった。
 その扉にこんな文章がある。


この<あるく>は
あなあたが、健康で明るく元気に
すごすための本です
いつまでも、美しく、さっそうと歩く‥‥
それは
若さと心の豊かさをささえ
あなたの人生を
生き生きさせてくれます
そのためには、今日から
どんなふうに歩いたらいいか
この本は、それをわかっていただくために作りました
<あるく>ことが
もっとたのしくなるでしょう


 そしてこの本の「はじめに」のところに書かれている内容は、今も色あせていない。色あせていないということは、あれから23年が経って、日本社会は相変わらず、いやその頃以上に、<車社会>が進行し、<歩く文化>がやせ細っているということなのだ。まず次の文章で始まる。


「人間は、立って<歩く>ことを身につけたにもかかわらず、歩かなくてもすむ世の中になってしまいました。そして、現代人は、歩き方や歩く楽しさを忘れてしまった、といっても過言ではないでしょう。
 ところが、<歩く>という、人間にとって、もっとも基本的な活動が少なければ、からだのいろいろな機能を正常に維持することはできません
 あらゆることが機械化され、マイカーが普及して、はなはだしい運動不足におちいったアメリカの中流階級の人たちは、むかしからのスポーツに加えて、ランニング、ウォーキング、サイクリング、エアロビックダンス、ウェィトトレーニングと、自分一人でできる運動を、日常生活の中にとりこんできました。
 最近知り合いになったオレゴン州に住むオシェアさんは60歳で、とても運動好きの人です。ある日、家に招待してくれましたが、居間にオレゴン州の形を描いた板が掛けてありました。そこには、パシフィック・クレスト・トレイル、太平洋沿岸山脈縦断遊歩道とでも訳せばよいのでしょうか。オレゴン州の南から北に向かって赤い線が引かれていました。このトレイルは、640キロメートルあります。オシェアさんは夏休みを利用して奥さんと、あるときは娘さんもいっしょに歩き続け、4年かけて縦断した証書だそうです。標高2000メートルから3000メートルの峰の間の、森と湖をたどる夏休みを楽しみに、家族みんなが、日ごろから運動して体調を整えていたのでしょう。うらやましい限りでした。
 ちなみに、このトレイルは、カリフォルニア州のメキシコとの国境からはじまり、オレゴン州を抜けて、ワシントン州とカナダとの国境までの全長約4000キロメートルだそうです。‥‥」


 以上は「はじめに」の一部。
 ぼくはこのトレイルの距離を日本の鉄道の距離と比べてみる。
 東海道本線=東京―神戸  590キロメートル
 東北本線=東京―青森   739キロメートル
 山陽本線=神戸―門司   535キロメートル
 計・青森―門司      1864キロメートル 

 オシェアさんは60歳で、山岳地帯を640キロメートル、家族で歩いたというわけである。東京から岡山までぐらいの距離だろうか。
 この本は、今も新鮮な、歩く科学の本になっている。