絶望しない精神 <1>

 末期ガンだという裕子さんの顔にはほほえみが浮かび美しく、暗さは感じられなかった。今朝のテレビの映像である。
 息子隼人は三歳の時に自閉症を発症した。裕子さんは落ち込み、この子には未来はないと思う。ところが、隼人は優しい子だった。裕子さんはその優しさに励まされ、隼人は愛されて育った。そこへ重大な不幸が襲った。母裕子さんの乳ガンの発症だった。自閉症の隼人はその裕子さんを精神的に救い、支えた。成長した隼人は福祉施設で働く。彼は、困っている人がいると助けた。裕子さんの心に光がさしてきた。厳しい治療に耐えながらも、息子との日々の暮らしは楽しかった。しかしガンは転移し、ついに末期の宣告がやってくる。裕子さんは気づいた。幸せは自分のなかにある、あなたのなかにある、幸せはここにあると。
 今朝、放送していたドキュメンタリーだった。手をつないで歩く裕子さんと隼人の姿が印象深かった。成長した隼人は、お母さんの背を越していた。

 「フランクル『夜と霧』への旅」(河原理子 平凡社)を読んだ。ジャーナリスト河原理子は、ナチスドイツの強制収容所を生き延びたフランクルの体験記録をもとにして、フランクルの人間と思想、それを受け継ぐ人たちを3年にわたって取材していた。
 河原理子の著作と、もう一冊手元にある柳田邦男の「犠牲(サクリファイス) わが息子・脳死の11日」は、フランクルの「夜と霧」をくみとりながら、絶望的な状況のなかで絶望しなかった精神について考えている。柳田邦男は、息子の自死という精神のどん底を体験して、どん底を超えてきたフランクルの思想を考える。
 河原理子、柳田邦男は、「夜と霧」のなかの、死を前にした一人の若い女性のエピソードを取り上げている。
 河原理子は書いている。
  「人間の精神の自由は、息をひきとるまで誰も奪うことはできないのだ。そして、運命と苦悩をいかに引き受けるかというやり方の中に、最後の一分まで、生命を有意義に形づくる豊かな可能性があるのだ――という話の流れの中で、フランクルが目撃した例として、強制収容所で亡くなった若い女性のエピソードが出てくる。若い女性は近いうちに自分は死ぬことを知っていた。それにもかかわらず、フランクルが彼女と話したとき、晴れやかな表情をしていた。『私を痛めつけた運命に感謝しています』と彼女は話した。小市民的な生活をしていたころは自分は甘やかされていて、精神的な望みについて真剣ではなかった、というのだ。最後の日々に、彼女は内面的に深まっていった。『あの樹が孤独な私のたった一人の友だちなんです』と彼女は言って、バラックの窓から見えるカスタニエンの樹を指さした。」
 カスタニエンの樹は、エノキの仲間のマロニエだと河原は言う。

 柳田邦男は、次のように述べている。
「私がエッセイ集『人間の時代への眼差し』の冒頭に書いたのは、第二次世界大戦アウシュビッツユダヤ強制収容所で死に瀕していた若い女性のエピソードについてだった。彼女は病み衰えて明日をも知れぬ身となった状態のなかで、粗末な病舎の小さな窓から見えるマロニエの樹の枝と花を唯一の友として、毎日会話をしていた。そして、マロニエの樹が『私はここにいる、永遠のいのちだ』と語りかけてくるのを、生きる支えにしていたという。‥‥人間の精神的ないのちの崇高さを物語って余りある。」

 そしてもとになったフランクルの「夜と霧」(霜田徳爾)では。
「この若い女性は自分が近いうちに死ぬであろうことを知っていた。それにも拘らず、私と語ったとき、彼女は快活であった。『私をこんなにひどい目に遭わしてくれた運命に対して私は感謝していますわ』と言葉どおりに彼女は私に言った。『なぜかと言いますと、以前のブルジョワ的生活で私は甘やかされていましたし、本当に真剣に精神的な望みを追ってはいなかったからですの。』その最後の日に彼女は全く内面の世界へと向いていた。『あそこにある樹はひとりぽっちの私のただ一つのお友だちですの。』と言い、彼女はバラックの窓の外を指した。外では一本のカスタニエンの樹がちょうど花盛りであった。病人の寝台のところにかがんで外を見ると、バラックの病舎の小さな窓を通してちょうど二つのローソクのような花をつけた一本の緑の枝を見ることができた。『この樹とよく話をしますの』と彼女は言った。私はちょっとまごついて彼女の言葉の意味が分からなかった。彼女は譫妄状態で幻覚を起こしているのだろうか。不思議に思って私は彼女に訊いた。『樹はあなたに何か言いましたか?――しましたって!――では何て樹は言ったのですか?』彼女は答えた。『あの樹はこう申しましたの。私はここにいる――私は――ここに――いる。私はいるのだ。永遠のいのちだ‥‥。』
 既述のように強制収容所の人間における内面的生活の崩壊の究極的な理由は、種々数え上げれた心理的身体的原因の中に存していて、ある自由な決断に基づくものだとすれば、このことはもっとも詳細に述べられなくてはならない。収容所の囚人についての心理学的観察は、まず最初に精神的人間的に崩壊していった人間のみが、収容所の世界の影響におちいってしまうということを示している。またもはや内面的なよりどころを持たなくなった人間のみが崩壊せしめられたということを明らかにしている。ではこの内的なよりどころとは、どこに存するべきであり、どこに存しうるのであろうか? これがいまやわれわれの問題なのである。」

 「夜と霧」において、フランクルは次のような結論を残した。
「必要なのは生命の意味についての問いの観点変更なのである。すなわち人生から何をわれわれはまだ期待できるかが問題なのではなくて、むしろ人生が何をわれわれから期待しているかが問題なのである。そのことをわれわれは学ばねばならず、また絶望している人間に教えなければならないのである。われわれが人生の意味を問うのではなく、われわれ自身が問われたものとして体験されるのである。」