長野県および各市町村自治体に、このプロジェクトを提案します <4>



       提案書つづき




   実現に向けて


この構想は、2010年から長野県安曇野市内のいくつかの集会や研究会で発表してきました。アイデアを理解してくださった人たちからは、数々の賛成の意見をいただいています。
 こんな方がいらっしゃいました。
 「以前私は思いもかけない人から相談を受けたことがあります。その方はもう高齢の人でしたが、若い時から『おめかけさん』だったというのです。そうして長い人生を生きてきて、今は身寄りもなく、子どももなく、たった一人で暮らしている。入る墓もない。自分が死んだらどうなるのだろうという相談でした。私はそういう人のためにも、ぜひこの計画を実現してほしいです。」
 「夫が亡くなり、私は夫の遺骨を家に置いたままです。頼れる身寄りはありません。お寺もお墓もありません。私が死んだらどうなるのでしょう。一つの樹に夫婦で一緒に眠ることができれば、どんなにうれしいことでしょう。」
 「先祖の墓は、離れた村にあるのだけれど、自分はそこに入りたくないのです。入れないのです。樹木葬公園ができるのなら、自分たち夫婦はそこの樹に眠りたいです。」
 学生の時からともに登山をしてきた私の友人は病に倒れ、こんな遺言をしました。
 「俺が死んだら、白馬岳の見えるところに葬ってくれ。」
 白馬岳の見えるところに永眠したいという彼の願いをどうしたらかなえられるだろうか。
 「私たち夫婦は定年後信州に移住してきたから墓がありません。新たに石碑を建てて家族の墓地をつくる経済的余裕はまったくなく不可能です。だから山かどこか散骨を考えています。樹木葬公園ができるならば願ってもないことです。」
 また次のような、建設的で積極的な意見もいただきました。
 「私の所有する山林が荒れたまま放置してあるんだけれど、この目的に使えないだろうか。」
 「私の農地を、地目変更して使えるなら使ってもらいたいのだがどうだろうか。」
里山でかなりの面積を伐採したところを見ました。ヒノキの苗が植林されていたけれど、そこをプロジェクトの場として土地所有者と相談できないでしょうか。」
 葬送の問題は、多くの人の心にひそんでいるのです。そうして、「葬儀はしない」「墓は要らない」「墓をつくれない」という状態のなかにいるのです。
 森謙二氏(茨城キリスト教大学教授)は、「他者の不在」「他者の拒絶」という現象を取り上げています。「第三者の他者」が葬儀から手を引き、「親密な他者(家族など)」だけによる葬送が行なわれ、さらには葬儀もなしに直葬が行なわれるケースも増えている。「葬送儀礼は、死者のためだけにあるのではなく、生者のための儀礼でもある。社会の中に死者の空間を用意し、死者の安寧と尊厳を脅かされないようにするのは生者の責務である。」(「墓と葬送のゆくえ」(吉川弘文館
 現代社会で進行する孤立・疎外・分断、格差は、葬送のなかに如実に現れます。厚生労働省が発表した「貧困率」によれば、日本の貧困率は15.3%、OECD諸国平均値の10.2%を上回ります。厳しい貧困状態では、死者の尊厳を守ることはとてもできません。
 2009年、松本市の神宮寺住職、高橋卓志さんが、「寺よ、変われ」という著作を世に問いました(岩波新書)。そのなかで高橋さんはこう述べています。
 「『リビング・ウイル』、つまり故人が生きている間に表明した意思というものを最大限に尊重するという努力がなされた場合、葬儀のオリジナル化は実現する。リビング・ウイルを重視した葬儀とは、人生の生き方は、人さまざまなのだから、死における別れの仕方も、人さまざまでいい、という意識と同時に、自分の生死にかかわる問題は、他人任せではなく、自分自身の人生観や価値観にもとづいて、納得できる選択をしたい、という考えに従うものなのである。自らが生きている意識清明なうちに、自らの来し方を振り返りながら、自らの行く道を予測し、自らの意思をもって、近未来への道を選択し、その実行を宣誓する、そういった想いを持つ人々が年々増加している。」
 このように希望の葬送を提言しました。しかし、それを実現するには、貧困に左右されない、葬送を社会的に保障するシステムが必要なのです。
 私はかつてイギリスのワーズワースのふるさとを旅した時、その美しい風土のなかで、こんな言葉を聞きました。
 「この美は100年以上も前から人びとによってつくられてきた。この景色は、100年後も変わらず、人びとによって守り継がれていく。」
 美しい郷土の永遠性への誓い、誇りと愛、強い意志です。イギリスは18世紀末から始まった産業革命を経て、環境が惨憺たる破壊にいたり、そこから人びとは立ちあがり、今のような美しい風土をつくりあげたと言います。その裏には大英帝国の植民地政策という負の歴史もありましたが、美しい故郷への想いの永遠性が現在の風土をつくり、今後も守っていくことを固く心に決めているのです。
 第二次世界大戦後のドイツ市民が、爆撃で破壊された街の残骸を拾い集め、200年前、300年前の歴史的建造物を復元し、広大な緑の森をもった美しい街を復興させました。それがドイツの風土の美となりました。二つの大戦を経たドイツ市民たちの確固たる意志の結果です。自然の中に還りたいと思う、その思いがつくりだす美しい自然に永遠性を感じます。
 千葉大教授の広井良典(科学哲学)が、語っています。
 「人間は生まれ育った土地、あるいは生まれ育った土地でなくても愛着のある土地や場所へのこだわりがある。コミュニティというのは最終的には、今生きている人だけではなく、死んでいる人も含むものだと思う。土地や場所というのは、死者をも含む『つながり』が背景にある。自然というのは、『魂』なども含んだ、その土地の精神性がにじんだものであると思います。ミナマタ、フクシマが日本で起こり、自殺者が年間3万人を越えます。2050年には人口は1億人を切って、2100年には、5千万人を切る可能性があります。勾配をのぼりつめたジェットコースターが一気に下降していく極点にある。まさに今は山の頂上で矛盾が大きく噴き出している時期です。」(「この国はどこで間違えたのか」)
 わたしたちは、「いのち」のバトンをもっています。孤独な人生をおくる人も、貧しい暮らしをする人も、病に苦しむ人も、だれもが「いのち」のバトンをもっていて、未来の「いのち」へバトンをパスする。すなわち「死して生きる」。死して美しい風土と自然をよみがえらせる。それが、このプロジェクトの根底にある思想です。
 総務省の発表では、65歳以上の高齢者人口は3186万人(推計)で、総人口に占める割合は25%となり、4人に1人が高齢者です。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、この割合は今後も上昇を続け、20年後には33.4%となり、3人に1人が高齢者になると見込まれています。さすればそれは「超大量死」の時代の到来です。国立社会保障・人口問題研究所は「2030年には百六十一万人、2040年には百六十七万人が亡くなる」と予測しています。自殺者では、2012年までの14年間で45万人が自殺で亡くなっており、家族を自殺で亡くした遺族は300万人を超えると推計されています。
 これから死を迎える人たちはどのように葬られ、その魂はどこに行くのか。貧困、災害、事故、孤独、戦争などによって、祀られざる者の魂が浮遊しています。行政も市民も、この問題を正面からとらえるべきです。亡くなった人の尊厳を守って葬られる場所は、社会的共通資本としてつくられなければならないのです。
 このプロジェクトは、公営にすることが望ましいと思われますが、NPO法人、民間企業、自治体の第三セクター、寺社など宗教法人など方法はいろいろ考えられます。このプロジェクトを、未来の子どもたちに命をつないでいく社会づくりのプログラムとして考えてほしいと切に望みます。
 この構想を検討してください。


        ☆      ☆      ☆

     
      生涯に、木を四本植えたと、男は言った。
      幼い日に、街の通りに街路樹のための木を。
      そして、クヌギの実をいくつか空き地に埋めた、
      故郷の街を離れる前に。
      あとの二本は、黙って世を去ったものらのために。
      一本は、何も果たすこともできず早逝した友人のために。
      一本は、長く生きて静かに死んだ猫のために。
     
      すべての木は、誰かがのこしていった手紙の木なのだ。
      こういうふうに生きたという、
      一人の人間の記憶がそこにのこされている。
      もの言わぬ手紙の木。

      その冬の夜に、男は逝った。
      死んだ男がのこしていった見えない木。
      人の心のなかにそだつ言葉の木。
                        (長田 弘)



<参考資料>
東京都の樹林墓地
平成24年4月25日、東京都公園協会の公告
都は、平成20年2月の東京都公園審議会答申「都立霊園における新たな墓所の供給と管理について」を受け、既存の都立霊園を活用しながら、墓地に対する都民ニーズの多様化に応えるため、新たな形式であるの整備を行ってきました。樹林墓地は、死後は安らかに自然に還りたい、という多くの都民の皆様の思いに応えられるよう、樹林の下に共同埋蔵施設を設け、直接土に触れる形で遺骨を埋蔵します。
墓所の規模> 面積 834㎡ 埋蔵予定数 10,700体 設置施設墓所、献花台、参拝広場など。樹木は コブシ、ヤマボウシ、ナツツバキ、ネムノキ、イロハモミジなど。
<使用料(貸付時一回限り)> すべての遺骨を合祀する場合、 遺骨一体134,000円 、粉状遺骨一体 44,000円(毎年の管理料なし)
個別に埋葬する樹木葬墓地の場合、遺骨一体につき184,000円  (一定期間を過ぎると合祀する予定)