社会を映す短歌



 季節の移り変わりや時の変化に敏感な歌詠みは、時代の異変にも鋭く感じる。それを短詩に表現しようとする。
 朝日歌壇の選者は4人、その人たちが選んだ短歌を今朝の新聞で読んで驚いた。選者はたくさんの投稿から、それぞれ10首ずつ選ぶ。各歌人の感性・評価で選ばれ、10月12日の朝日歌壇に載った歌のなんと50パーセントが、今の日本の政治・社会状況と民衆の問題意識だった。
 時代の異変を人間の芯で直感的にとらえ、直截的に詠う。ごまかしはない。
 選者は、高野公彦、永田和弘、馬場あき子、佐々木幸綱の4人。
 永田和弘氏は、「安保法案の強行採決で、こちらがたじたじとなるほど多くの投稿が寄せられた。」
 高野公彦氏は、「安保関連法案に関する歌が多くあった。心の深いところから湧きあがってくる落胆、希望、怒りなどの感情を詠む。抵抗するデモの中に老女を見つけた驚き。」
 馬場あき子氏は、「国会周辺のデモの後を清掃する青年の姿。」

 選ばれた歌というのは、次の歌。



  安保法成りてしまいし秋の夜の冷えしナイフを立てて剥(む)く栗
                          中原千絵子

  「アッベはやめろ」ラップで叫ぶ学生ら希望なるかな個なる連帯
                          荒井 整

  埋め尽くす汗の匂いや安保デモ廃案叫びペンライト振る   
                          藤岡文夫

  寝たままでスクラム組みて抵抗すひきずられるなかに老女の声
                          坪内政夫

  浜辺にはオイランアザミ咲き群れて川内原発見ゆるが哀し
                          徳丸征子

  その川の毛野・絹・鬼怒の変遷を氾濫後に識(し)る暴れ川なり
                          若島安子

  憲法を踏みにじられたこの国で社会科の教師である虚しさ
                          中村岳夫

  ありのまま自分のままで連帯す六十年には見られなかった
                          森本忠紀

  官僚から渡されるメモ大臣が読みて九条壊されてゆく
                          関 龍夫

  経済に期待しての一票で安保に賛成した訳じゃない
                         小島 敦

  行く行かぬ行けば行くとき行くべきか行くならばいま国会前へ
                         田島千代

  虚しきに耐へて若者デモ終へし荒寥広場の清掃するなり
                         草間暁男

  早速に歯車回り始めたり百足(むかで)が脚を伸ばすごとくに
                         檜山佳与子

  戦いを放棄したるこの国が戦前となる九・一九
                         鬼形輝雄

  約束を守りましたと宰相は東を向いて頭を垂れる
                         及川和雄

  平和なる大きなデモの現場にて兵馬俑(へいばよう)のごと警官の立つ
                         松木 秀

  主権者の意に非ずとも鞘(さや)走る妖刀(ようとう)と思う安保関連法
                         由良英俊

  国会のデモに降る雨土の中深くしみこむ忘れはしない
                         斎藤千秋

  デモの列にはじめて並んだ遠い日のわたしが重なるSEALDSの少女ら
                         浅野和子
    
  
 大正時代、
 「貧乏の歌」という歌集を出した歌人がいた。その人は渡辺順三。大正デモクラシーの裏側で圧政と軍国の動きが進んでいた。


    歌うたい一隊の兵士ゆき過ぐを見つつ心のさびしさは何ぞ


    松葉杖つきつつ帰る遠き道君がゆくてに月あかるけれ


    起きては働き
    疲れては眠り
     人にも知られず死んでゆくのか


    母よ
    貧しければ一人の御身さえ養い得ず
     まことに老い給えしよ


    母と子が明日の米さえ買いかねて
    物思い居る
     秋のまひる


    たまさかの仕事の休み
     母と二人
    牛肉を買いたべてよろこぶ


    われついに
    飢えて死ぬとも今の世に
    反逆の子となりて倒れん


    片隅で――
    かくれるように食っている
    あの老人の丸い背中よ!


 それから100年近くが経つ。今もこの歌のような現実が社会の階層底辺に存在する日本。