12日の「朝日歌壇」に、中村哲さんの死を悼むたくさんの歌が投稿され、四人の選者全員がその中から1首、あるいは2首を選んでいた。選者は一人10首を選ぶ。四人で40首。中村哲氏の追悼の歌は5首選ばれていた。
短歌は澄んだ水面(みなも)に空や木々を映すように、人や時代を映す。
共に撃たれしアフガンびとを悼みたる家族の声のとうと(尊)かりけり
中原千絵子
この歌の評に佐々木幸綱は書く。「福岡での中村哲氏の告別式における長男、健さんの挨拶は、アフガニスタンの運転手、警備の人への哀悼のことばからはじまったという。」
ノーベル賞に華やぐ画面切りかわり中村哲氏の柩(ひつぎ)が映る
武井裕子
この歌の評に高野公彦は書く。「昨年12月は吉野彰氏のノーベル賞受賞、そして医師中村哲氏の急死、吉から凶へ変わるのを茫然と見る作者。」
撃たれたる医師のひつぎを肩にして大統領の皺(しわ)ふかき頬
二宮正博
この二首は、馬場あき子の選。評に言う。
「たくさんの中村哲医師の追悼歌。大統領の表情から事の重大さを察する。中村氏と賢治の対置も感銘深い。」
そして、選者永田和宏は次の歌を選んでいた。
吉野氏を祝い中村氏を悼むテレビは器用に表情(かお)を付け替え
寺下吉則
ぼくは、「 撃たれたる医師のひつぎを肩にして大統領の皺(しわ)ふかき頬」に心が
共振した。柩をかつぐ大統領の顔はたしかに悲嘆と苦悩の表情だった。アフガンの平和を取り戻すには、医者だけではできない。食べるものを確保する、生きることに希望を持てるようにすることだ、そのために農業を取り戻さねばと、砂漠に水路を引き、緑を増やし、アフガンに命の灯をともしてきた中村氏のペシャワール会。アフガンにとってかけがえのない人を凶弾が撃ち殺した。