孫たちとラン


 二人の息子たちが関東と関西から、正月、それぞれ子どもたちを連れて、ジイジとバアバそして犬のランの家に帰ってきた。ウイちゃんは2歳、アーちゃんとホノちゃんは今年の4月から小学校、3人とも女の子。セイちゃんは男の子、今年3年生になる。セイちゃんとアーちゃんは兄妹、ホノちゃんとウイちゃんは姉妹。
 孫たちにとってランはいつも気になる存在。ホノちゃんはバアバに電話してくるたびに、
 「ランちゃん、いまどうしてる」
と聞く。ランちゃんが大好き。セイちゃんもランが好き。ウイちゃんとアーちゃんは、ランがこわい。孫たちにとってランは「こわい」、「かわいい」と、乳児のころから反応が分かれた。
 孫たちが帰ってきた暮れから正月にかけて、雪がよく降った。だからランは、外で過ごすことがなく、居間に寝そべる時間が多かった。夜はぼくの書斎で寝ている。
 居間は子どもたちの遊び場、ランが入ってくるとアーちゃんは、「こわいー、こわいー」とパパにしがみつき、その腕に避難していた。ウイちゃんは「きゃーきゃー」と悲鳴を上げて、パパやママに抱っこしてもらう。ランは黒犬で体重は21キロある。ウイちゃんからすれば大きな獣だ。一方ランを愛するホノちゃんやセイちゃんは「かわいい、かわいい」とランの体をなでまくる。もうすっかり友だちだ。

 そのこわがりアーちゃんとウイちゃんが大転換した。
 孫たち4人は、外で雪遊びしたりスキー場へ出かけたりして、外出しないときは居間で遊びに遊び、叫び声が途切れるときがない。ウイちゃんもいっちょまえに、3人に交じって遊んでいた。帰ってきてから二、三日目、いつのまにか子どもたちのいる居間の真ん中でランが横になって寝ていることがあった。ランがぺたっと真横になっているときは、アーちゃんもウイちゃんも、あまりこわがらない。ランは安全だと思うかららしい。ランも子どもたちが騒がしくても安心して寝ている。
 そうすると子どもたちは、ランを使って遊ぶことを始めた。セイちゃんとホノちゃんがランを窓ぎわに連れてきて、椅子やソファーで狭い空間に閉じ込めた。ランは椅子の下をくぐって脱出しようとするが、隙間にも障害物が置かれると、「無駄な抵抗はしませんよ」と、ランはおとなしく閉じ込められている。窓外からの日が当たると、ランは横になって日向ぼっこしている。その遊びにアーちゃんも加わるようになった。アーちゃん、だいぶランに慣れてきたようだなと思っていたら、あれれ、アーちゃんがランの背中をなでているではないか。ホノちゃんやセイちゃんは、ランの首のまわりを盛んになでている。ランの体に触れるという、アーちゃんにとっては大変化だ。ランの体に触れ、その体温を感じる、それはランと仲良くなる第一歩だった。
 それから朝と夕方の散歩に出ると、3人はランのリードを握って歩くようになった。道が凍結しているときはランが引っ張ると子どもは引きずられて転倒する危険があるから、そこはジイジが交代する。
朝夕二回、ランはドッグフードを食べる。ステンレスボールにドッグフードをいれ、洗面場で少し温かい白湯をフードがひたひたになるくらいいれる。
 「えさ、やりたい」
 セイちゃんとホノちゃんがそう言い出したのは、3年ほど前からだが、今回も餌やりは自分たちがすると言って、真っ先に飛んでくる。ランがこわくなくなったアーちゃんがそこに加わった。お兄ちゃんのセイちゃんは二人に任せることにした。アーちゃんとホノちゃんは張り切って、
 「おすわり」
と、てんでにランに命令する。玄関にランはお座りして待つ。ぼくはボールに餌を入れて二人に渡す。二人は洗面所に行って白湯を入れ、向かい合ってボールを両手で支え、こぼれないように、そろそろと廊下をやってくる。玄関にくると、ランにまた「おすわり、おすわり」と指示しながら、マットの上にボールを置く。待ち切れないランは体をそわそわ動かし、伏せの姿勢になる。
 「よし」、二人は声を合わせてランに言う。その短い語が言い終わらないうちにランはもう餌に口をつけている。子どもたちはおいしそうに食べるランの様子をじっと観察している。
 この正月、アーちゃんにとってランはかわいい家族になった。
2歳のウイちゃんにとっては、まだ少しこわい。ランが立ち上がって、顔を近づけてくる時がこわい。そのウイちゃんにも大きな出来事があった。
 夕食のとき、居間の戸がしまっていて、ランが部屋に入ってこれず、廊下で待っていたときのことだった。食堂からはガラス戸越しにランが見える。
 ママは椅子に座って、ウイちゃんを抱っこしていた。ウイちゃんはランちゃんを見ている。ママが言った。
 「ランちゃんは入りたいんだよ。入りたいけど、入れないんだよ。ウイちゃん、どうする?」
 ウイちゃんは、ガラス戸の向こうにいるランをじっと見た。ランは戸の外でもじもじして待っている。その瞬間だった。ウイちゃんはするするとママの腕からすべり下りて、たたたと居間に入った。大人たちはかたずをのんで見ていた。居間の戸をウイちゃんが開ければランと鉢合わせになる。ウイちゃんはそれでも戸を開けるのか。ウイちゃんの動作は速かった。手を伸ばして居間の戸をこちらに引いて開けると、ランが入ってくる前に、大急ぎで駆け戻ってきた。ランが入ってきたときはもうウイちゃんはママに抱っこされていた。ランとの出会いを瞬時に避けて、戸を開け、ランを部屋に入れた。このウイちゃんの行動の一部始終を、じいじ、ばあば、親たちは息をのんで見ていた。ウイちゃんが戻ってきたとき拍手が起こった。
 ママの話を聞き、ランを観察し、そこで何かを感じ、戸を開けてやろうと思い、それを実行する方法を考え、行動に移した。それを瞬時に。
幼い子どものなかの心の動きと頭脳の働き、行動力のすばらしさ、一瞬のできごとは、人間のなかに育つ優しさと勇気を見せてくれたのだった。