ベトナム人実習生たち、富士山に登ってきた

 日本語教室へ日本語を学びに来ているベトナム人実習生たちが富士山に登る計画を立てていたから、登山や山の知識を教え、計画実行上のアドバイスをしてきた。高度100メートル登れば何度気温が下がるか、風速1メートルの風が吹けば体温が奪われる、体感温度は何度になるか、富士山の五合目から上の地形はどうなっているか、基礎知識を教え、天候が安定している日に実行すべし、と言っていたところだったが、この夏の天候は雨の連続、たぶん計画は実行できなかっただろう、と思っていたら、昨夜教室に来たハー君が、富士山に登ってきたと笑顔で報告した。
 えーっ、と指導陣は驚きの声をあげた。
 登山は8月5日から6日。A企業の実習生ハー君は、中古で購入していた50ccバイクで、安曇野から下の道を5時間走って富士の麓にバイクを置き、バスで五合目まで登った。そこに着いたのは午後7時。食事を済ませ8時から登りはじめ、ヘッドランプをつけて列をなす人々とともに頂上を目指した。頂上に着いたのは午前1時過ぎ。
 一方安曇野のもう一つのB企業の実習生たち5人は、元社員の日本人のお世話でレンタカーを借りて、元社員運転で五合目までやってきた。彼らは午後9時ごろから登りはじめた。頂上に着いたのは、ハー君の一時間後。
 そこでハー君は持ってきた寝袋に入って、日の出まで2時間ほど寝た。日の出は4時半ごろだった。地平線から上ってくる太陽、これが日本の最高峰の夜明けだ、日本列島の最高峰から宇宙に突き出たオレたちだ、と彼らの感慨はひとしおだったろう。
 6人のベトナム青年たちは、労働の合間をぬって、貴重な体験をした。8月5日、たしかその日、安曇野は雨だった。ところが富士は晴れていた。
 日本語教室に来たハ―君は、さらに次は北アルプス常念岳に挑戦するという。テントをもって山で一泊したいというから、コース、ルートを一緒に考えた。この会話もとてもいい日本語の学習になる。「縦走」という言葉を教えると、山脈の構造にも話が及ぶ。
 一ノ沢にバイクを置いて登るとすると、君の体力では午前中に常念小屋に着くだろう。そこから常念岳を越えて蝶ガ岳まで縦走し、そこでテントを張って一泊し、また来た道を戻って常念小屋から一ノ沢のバイクのところまで下りてくるというルートはどうかなあ。その逆の、横通岳、大天井岳まで縦走して戻ってくることもできるよ。彼は槍が岳に登りたいらしい。槍まで行くには大天井から西岳を経て東鎌尾根を登ることになる。一泊で帰ってくるのは、ちょっと強行軍過ぎる。
 話は、景観に及ぶ。常念岳からの絶景、穂高・槍が岳はすばらしいぞ。蝶が岳からは穂高山群の眺めがものすごいぞ。その連峰の西に太陽は沈んでいく。夕日は絶景だ。そして常念山脈と、穂高、槍との間の谷が上高地だよ。
 ハー君、よく考えて、コースを選ぶがいい。10月までは登山OKだ。紅葉は美しいよ。