福島被災者支援の二つの運動

 福島県浪江町仮設住宅で暮らしている原発被災者を安曇野に迎える取り組みを、市民団体「安曇野SUN路(サンロード)」がすすめている。安曇野には、原発事故被災者支援の市民運動が二つある。今年夏も福島の親子を招いてキャンプを行なう「安曇野ひかりプロジェクト」と、この浪江町被災者支援の「安曇野SUN路(サンロード)」の二つだ。
 「安曇野SUN路(サンロード)」の活動をしている、松本大学講師の峰岸芳夫さん(俳号・八戒)から次のようなメールが送られてきた。(一部省略)

 <5月25日に三郷公民館でチャリティコンサートを開きます。入場料やバザーの売上を浪江町30人の宿泊費・交通費に当てます。
 昨年の11月に福島県浪江町仮設住宅を訪問しました。信州のフォーク歌手・元「わさびーず」の中村雅彦さんの一行との旅でした。白い線量計が目を引く仮設住宅。事故から三年目の冬を迎え、20人ほどの人が集会場でコンサートを待っていました。自治会長の本田さんから最初に聞いた話は、浪江の被災者がこの一月から八月の間で18人自殺したことでした。この日は津波で亡くなった人達の月命日。原発爆発で捜索もせずに逃げた心の痛みを本田さんの奥様が語られました。壁には、浪江小学校の三年生が作った“心にえ顔!なみえ焼そば”の見出しのなみえ焼そば新聞が貼ってありました。
 コンサートの時間が来ました。私が開会挨拶をすることになり、悲しみの人達を前にどう話したらいいか困りました。
 「今晩は、私たちは、安曇野から参りました。私は、3.11以降、人間の幸せとは何かを考えて来ました。今、皆様と挨拶を交わしました。今朝、安曇野を出る時に何人かと挨拶し、ここまで辿り着くまでにも何人かと挨拶しました。人間は、意識はしないが、挨拶に幸せを託しているのではないでしょうか。挨拶の数が多いだけ幸せも多くなります」。
 コンサート-が始まりました。最初は、「わさびーず」の持ち歌「信濃の人とお茶の話」でした。会場が和やかになり、皆で「上を向いて歩こう」を歌い、そして「もみじ」の輪唱が会場を一つにしました。吉良健一朗さんのケーナフォルクローレが皆の心を洗ってくれました。歌には人の心を結ぶ力があるとあらためて実感しました。
 浪江町は、人口約2万人、福島県東部の太平洋に面した双葉郡にあって、東京電力福島第一原発のある大熊町双葉町の北隣にあります。海辺は津波でやられた請戸地区、山間部には津島地区があり、その間の権現堂地区に多くの人が住んでいました。大地震原発の爆発に住民は原発から20キロ離れた津島地区に一斉に逃げ延びて行きました。実は、この津島地区は風向きの影響で大量の放射能が降り注いだ高線量地帯だったのです。その事実は、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)で事前に予測されていました。それを国は住民に一切伝えませんでした。その後、白い防護服姿の自衛隊員や警察官が次々到着しました。避難民は、強い違和感を覚え「なんでそんな格好をしているの?」と尋ねました。防護服姿の人たちは言葉を濁しました。ここで、避難民は大量の被曝をしてしまったのです。
 再度、私達はこの仮設住宅を12月に訪問しました。前回は、悲しみの人達の心に寄り添うだけが精一杯の訪問でしたので、今回は被災者の状況を知り、どんな援助が可能かを考える旅でした。
 現在の日本政府は、原発再稼動や原発輸出を企てています。浪江町住民のこの経験が風化させられる危惧を禁じ得ません。
 この訪問では、怒りに満ちた被災者の発言があいつぎました。
 「浪江町には帰りたいが、帰れない」。
 「被曝した女子高校生の間では、もう結婚できないねと・・・」。
 この六月、癌で夫をなくした志賀さんは「夫は、総理宛に告発文を書いたが、取り上げてくれなかった。息子がいるので、浪江には帰らず、この仮設を出て息子と仕事探しをする」。
 東電下請け会社の原発作業員であった加藤さんは「原発事故の以前から、線量の高いところで働いた。線量の高いことを告発すれば職を失う。会社は潰される。このような原発のもつ体質は昔も今も同じだ」。
 「原発の作業労働に一日七万円支払われるはずが、作業員本人には一万円しか渡らない」。
 「仕事がない。原発の危険な仕事や土建関係の仕事はあっても、年寄りには無理な仕事しかない」。
 「福島県は、四千戸の復興公営住宅を用意するが、この数では、浪江町民すら入れない」。
 「国に声が届かない。先祖の墓は、草に埋もれている」。


 安曇野は、多くの渡来人を受け入れて、融合文化をつくってきた地。
彼らが望むのなら、安曇野に来て欲しいと思った。

     墓包み咲くはセイタカ泡立ち草
     原発や故山捨て得ぬ初鴉
                 八戒        >


 峰岸さんのメール、現地へ行って分かることだと思う。サンロードの活動の成功を祈りたい。ぼくは「安曇野ひかりプロジェクト」のメンバーでもある。今年の8月16日から20日にかけての活動を成功させる。資金集めと支援者の広がりのためにやらねば。
 二つの組織、互いにエールを送りあいながら、市民の輪を広げていこう。