福島の子どもキャンプ

 昨夜は、崇さん宅で、今年の夏8月の「福島の子どもキャンプ」についての打ち合わせだった。雪が降っていた。雪降る夜は視界がわるく、道路の状態も気をつけねばならない。崇さんの家は集落から離れた谷にある一軒家で、狭い坂道は凍結していて危ない。それでこちらの車は地球宿において、望三郎君の車に同乗させてもらって行った。
 「今年の福島の親子保養ステイ、実施しますか、どうしますか」
 望三郎君が問いかける。安曇野ひかりプロジェクトの出席者は6人。
昨年、一昨年と2年続けてやってきた。今年もやるか。長野県から出してもらっていた補助金の30万円は、今年はもう基金が出ない。世話する人と資金、今年はどうするか。
 崇さんの奥さん、悦ちゃんは、去年、福島へ出かけて打ち合わせをし、キャンプが始まると、企画の段取り、炊事、参加者の希望による甲状腺検査の手配、車の調達など、忙しかった。崇さんは、そのキャンプの直前に、これまで続けてきた「子ども冒険クラブ」のキャンプがあり、悦ちゃんともに多忙を極めた。
 地球宿と安曇野ひかりプロジェクトを主宰する望三郎君は、昨年は市議会選挙に打って出ることを決意した8月だったから、その準備とキャンプが重なって疲労困憊だった。それでも主催団体「安曇野ひかりプロジェクト」メンバーは保養ステイをやりきった。
 今年はどうする? 悦ちゃんが言った。
 「それでもこれはやりつづけたい」
 それを受けて「力が尽きるまでやりつづけたい」と望三郎君が言って、「いや、力つきる前にやめることにしよう」と笑いながら言い換えた。
 資金をどうするか。先日、社会福祉協議会事務局長の樋口さんから、共同募金の話も聞いていた。それを利用できればありがたいが、それでも長野県の補助金の30万円にははるかに及ばない。これまでの2回のキャンプでは、自ら資金を稼ぎ出すために、カフェをやったり物品販売をしたり、カンパを募ったりしてきた。今年もそれをやったとして、どれだけ資金を集めることができるだろう。だが、やるだけ。
 考えどころ、一つは今年は他の地域で行なわれている別の団体の保養ステイ・プロジェクトとも連携して、計画を合理化できないか考える。二つ目、事務局体制をしっかりさせて、支援者を増やそう。三つ目、とりあえず共同募金に申請しよう。
 灯油ストーブが2台、燃えていた。3.11の直後に、何度も被災地へ入って支援活動をしていた大工のシンちゃんは、今年はこのキャンプで自分のできることをしたいと言う。ヒゲが伸びている。
 さらに市民へ呼びかけ、資金を集めるイベントを企画する。今後の大枠スケジュールが描けたところで、雪の夜の会議はお開きになった。
 キャンプはささやかなものであっても、継続して行なわれていくことの意義は大きい。そのことは計画を担うものにとって、そして福島にとって安曇野にとって、社会をつくる上で役に立つものになる。
 今日、社会福祉協議会へ出かけていって共同募金の話を聞いた。補助を受けられる一つは10万円、これでは足りないが申請する。
 事務局長と話していると、被災地で支援してきた安曇野の他の団体が、被災地・浪江町から仮設住宅に住んでいる人たちを招く計画をしているという。その資金を集めるために、チャリティーコンサートが企画されていた。事務局長がさっそく連携をとる電話を入れてくれた。