「孤立する日本」

 「孤立する日本」という指摘がなされている。「孤立する日本」ということが実体化しているとすれば、政府が苦慮する外交の問題と共に、海外から見た日本の姿はどのようなものだろう。日本の内を見れば、安倍政権の進む道、そしてその政策に呼応する一部の人たちによる偏狭な国粋主義的言動が公然化してきているようにも見える。
 今日の新聞で報じられていた、四国のお遍路道の宿での差別的な張り紙のニュースには暗然とした。J1のサッカーのサポーターが掲げた「Japanese only」という「日本人以外はお断り」の横断幕に対しては無観客試合というきびしい制裁をチームは自らに課して反省と差別への抗議を表明したが、四国のお遍路宿のケースは、例の「在特会」のヘイトスピーチ(憎悪発言)の流れの上にあるような差別的な嫌悪行為が、地方の静かな宿にも現れてきたということで、ぞっとする。遍路道は誰が歩いてもよい、宿には誰が泊まってもよい。外国人が遍路道を歩くのは、むしろ歓迎すべきことだ。宗教に国境はないし、人種差別、民族差別は仏教の教えにも反する。この行為は、一人か二人か、少数の「不心得者」のやったことかもしれないが、そういう極端な少数が出現してきたということは、日本の国の土壌が、おかしくなってきた現れではないか。
 6世紀の飛鳥の時代には、たくさんの百済人が日本に文化を伝え、渡来人になって住み着いた。
 江戸時代、徳川将軍の代替わりや幕府の慶事に、朝鮮の国王から使わされた朝鮮通信使がやってきた。家康は朝鮮との国交を重視して1605年日韓和約を結んだ。江戸時代に12回、総勢400名に及ぶ大使節団は、諸大名から国賓として接待された。初めの3回では、秀吉の朝鮮出兵で連れてこられた朝鮮人を帰国できるようにした。朝鮮通信使の一行から、日本は多くの学術・文化を学んだ。
 不幸な関係は、明治になってから日本が韓国を植民地にした(1910)ことから始まっている。1919年3月1日には独立運動が全土で起こった。
 戦争が終わって朝鮮は解放されて独立したが国は分断、そして朝鮮戦争が勃発した。
 戦後69年目になるにもかかわらず、戦時の問題が、中国、韓国から噴き出てきている。慰安婦の問題、強制連行の問題、韓国独立運動の志士の問題、70年になろうとするのに。
 これらは、今の日本の国の政治のあり方とともに、日本はほんとうに反省をしていない、日本人は本当の歴史を学んでいないという不信感が根底にある。