アイたちの学校

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 高賛侑君は、ぼくが担任するクラスの学級委員長だった。ぼくが大学を出て赴任した淀川中学校の二期生であり最初の卒業生だ。

 彼は「アイたちの学校」というドキュメンタリー映画を監督して制作した。先日、彼が送ってくれた迫真のそのDVDを見たところだ。映画は、戦後の日本の朝鮮人差別と弾圧を、記録映像と証言をもって実に鮮明に伝えている。ノンフィクション作家として、差別されるもの、虐げられるものの声を聴き、その生き様を取材することに人生をかけてきた高君の魂が叫んでいる。

 日本には、全国で、幼稚園から大学までの朝鮮学校は60校ある。ぼくが大阪市の中学校の教職にあったとき、1970年から1992年までの間に、朝鮮中級学校・高級学校との全校上げての生徒交流会を何度か実施して、互いの理解と友情を深めたことが何度もあった。それは実に感動的な交流だった。民族音楽の演奏と民族舞踊、意見発表を通じて、日本人生徒は、これまでのコリアンへの偏見がなんと誤ったものかと気付かされ、民族学校生への敬愛の念をふくらませていったのだった。

 あれから後、国際情勢が関係して、政治はさらに偏狭になり、一部日本人の意識もゆがんだ愛国心に硬化し、ヘイトスピーチや差別行為が露骨に行われるようになった。朝鮮学校生に憎悪のののしりを浴びせ、女生徒の服を切り裂いたりする暴行事件も生じてきた。

 かつて20年に渡って接してきた朝鮮学校が、偏狭な民族主義教育を行うのではなく、日本にとっても世界にとっても役に立つ人間教育を行ってきたことをぼくは知っている。

 ぼくは民族学校を何度も訪問して見てきた。在籍生徒も韓国籍の子もいれば朝鮮籍の子もいるし、日本人もいる。にもかかわらず、日本の朝鮮学校は、日本の中の正当な教育機関として認められず、各種学校の扱いで、教育無償の補助からも疎外されている。それは生徒への差別として直接の被害になる。

 在日コリアンは、韓国籍朝鮮籍の人とがいるが、朝鮮戦争朝鮮半島の南北分断の歴史があってその後の在日コリアンを分断した。そして日本政府は疎外政策を露骨に行ってきた。日本人、日本社会も、コリアンへの偏見と差別を温存させてきた。

 現実を見よ。在日コリアンは、日本社会のなかで、市民として税金を払い、就業し、大きな社会貢献をしてきているではないか。

 政治の世界に現れる問題を、すぐさま在日韓国人朝鮮人への問題へとねじまげ、自己の鬱憤を、在日コリアンに向けてはらそうとする、その精神構造があの関東大震災のときの朝鮮人虐殺、中国人虐殺になり、やがて日本の滅亡に繋がっていったという精神の歴史を忘れてはならない。

 日本をどういう国にするのか、どういう社会にするのか、このままでいいのか。

 映画は日本に問うている。

 映画は1月から各地で上映されている。9月からアメリカでも自主上映されている。

 

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