ランの誕生日

 一昨日はランの誕生日だった。17日ということはすっかり忘れていた。家内の記憶ではそういうことらしく、さすれば今年は9歳になる。
 誕生日なら、なんかプレゼントしてやろうか、じゃあ、リンゴをやろう、ということで、朝のランの食事が終わった後、デザートにリンゴをやることにした。1個は大きすぎる。半分にして、それを食べやすくいくつかに切った。
 「ハッピーバースデイ、歌ってやろうか」
 そうしよう、リンゴを持っていってランの食器にいれ、
 「ハッピーバースデイ トゥ ユー」
と二人で歌っている間、ランはちょこんと座り、大好きなリンゴを目の前において、ぼくの眼を真剣に見ている。
 「ハッピーバースデイ ディア ランちゃん‥‥」
 ランの眼はビカビカ輝いている。眼をそらさない。
 「よし」
 言うが早いか、パカパカ食べる。
 とうとう9歳になったんだねえ。
 この犬種の一般的な寿命は、12歳ぐらいだとか聞くが、ランはまだまだ元気だ。遊びは好きだし、よく歩くし、他の犬に対して好奇心は人一倍、いや犬一倍旺盛だ。ランの主食はドッグフードだ。9年間そればかり食べてきた。寿命が来てもう死んでしまったゴンとラフの主人、矢口さんは、人間の食べている食事を犬にも食べさせていて、ドッグフード主義に異論を唱えたことがあった。
 ランは何回か変なものを拾い食いして嘔吐したことがある。食い意地が張っていて食べれそうと思うと口に入れ、夜になって体が拒否反応を起こして吐いた。ゲロゲロの中身を見ても、何を食べたのか分からないことが多かった。そういうことはあったが、特に病気をしたことはない。
 ランは、大分の直子ちゃんのところで生まれた。兄弟ははやばやともらわれていったが、ランが最後に残った。ランには産みの親ともう一匹、ネネという名の乳母がいて、この二匹と一緒に3ヶ月ほど暮らした。よくお世話してくれたのは、乳母のネネだった。ランをもらいにいったとき、ランは庭を走り回っていた。あげくのはては庭の柵から外へ飛び出し、田んぼの方へ走っていった。ネネと一緒に追いかけて行くと水路にランは落ちて泥だらけになった。もうこのときからヤンチャだった。
 別府からフェリーで大阪南港まで、ランを箱に入れ、一晩船倉に置いた。ときどきのぞきに行くと、独房の捕らわれ人のように寂しげだった。
 奈良の御所の我が家に来て、家族の一員になったランはイタズラの限りを尽くした。夜中に起きて、部屋中を探検し、新しいトイレットペーパーの巻紙を引っぱりまわして遊んでいたことがあった。物音がするから起きていくと、部屋の中はほどかれたトイレットペーパーが山になっていた。
 真夏の庭に出ていたときは、あまりの暑さに、葉蘭の茂っている庭のなかに前足で穴を掘り、そこに体を入れて涼んでいることがあった。いたずら好きに遊び好き、
 「遊ぼう、遊ぼう」
と誘いかける。子どものときから今もそうだ。昨日も棒をくわえて、これで引っぱりっこしようという。ぼくが棒の一方を握ると、ランはもう一方を口でくわえて引っぱる。ぼくの体重はランの3倍はある。圧倒的にこちらのほうが勝っている。ところが相手は四本足、足を突っ張って、リズムをつけて、グイグイと引っぱる。ランの顔に「負けないぞ」という闘志がむきだしになる。結局こちらのほうが勝負を投げ出して終わりになる。ランは、「なんだ、もうやめるの?」という顔をする。
犬は人間の三歳の子の知能という。今何をしたいか、どうしたいか、彼の意志ははっきりしている。
 ランはあと数年一緒に生きる。家族の一員。今日もここにランがいる。よく我が家に来てくれました。