日本語教室で「料理法」

 <写真> 朝、窓全面に結露していた。朝日が当たり、朝日で暖められたところの結露が蒸発し、庭の木材(夏のよしずの棚)の影になっているところの結露が白く残った。外の柱や棚の梁の形そのままに。



 ベトナム人の農業実習生は、日本語の勉強時間は充分とれない。残業が多いし、休日がない。それでも日本語教室に来る彼らは、とらわれない陽気さで、楽天的にふるまう。彼らの生活の、わずかな時間の日本語学習である。その積み重ねでも、少しずつ少しずつ、日本語力は伸びていることが、彼らとの会話で感じ取れる。トーとハップと対話する。
 「御飯、食べてきましたか」
 「はい、食べました」
 「お腹いっぱい?」
 「はい、お腹いっぱい」
 「今晩は、何を食べましたか」
 「魚、食べました」
 「魚? どこで買いましたか」
 「スーパー、‥‥」
と地元にある大型スーパーの名前を言った。
 「なんという魚ですか」
 「分かりません」
 「煮ましたか」
 「煮る?」
 煮るという言葉があやふやだと感じたから、「煮る」という言葉を定着させておこうと、鍋の絵を描き、そこに魚を入れ、水、砂糖、醤油などを加えて、火で煮る図を描く。
 「炊くという言葉もあります」
 「御飯の場合は、御飯を炊く、と言います」
 「煮る」と「炊く」は、同じようだ意味だが、その違いはこれまで考えたことがなかったことに気づいた。
 「魚を煮る、煮た魚を煮魚と言います。もう一つ、どんな料理がありますか」
 「焼きます」
 「そう、焼きます」
 ぼくは、魚の下で火が燃えている絵を描く。
 「焼いた魚を、焼き魚と言います。魚はおいしかったですか」
 「はい、おいしかった」
 「『煮る』と『焼く』、ほかにどんな料理の方法がありますか」
 「いためる」
 「そうそう、炒める、その時は何を使いますか」
 「油」
 「そうですね。ほかにどんな方法がありますか」
 「むす」
 「ほう、蒸す」
 「ゆでる」
 「よく知っていますねえ。何がいちばんおいしいですか」
 「おすし、おいしい」
 「え? おすし? お寿司は買いますか」
 「はい、スーパーで、値段半分」
 「え? 半額?」
 「8時、半額」
 夜の8時に行けば、お寿司の値段がそんなに安くなっているのか、知らなかったよ。
 「巻き寿司、知っていますか」
 そこで海苔を置いて、御飯を広げて、卵焼きや野菜や、いろいろ入れて、巻くという動作をしながら、作り方を説明したら、それも知っていた。食生活のことではいちばん言葉も進歩する。
 「いなりずしは?」
 「いなり」という言葉を彼らはしらない。油揚げのこと、中に御飯や具を入れることなどを説明すると、
 「知っています。甘いです」
と来た。
 「そう、甘い」
 そこから味付けのことに話が行き、化学調味料のことになった。
「味の素」
と彼らは言う。東南アジアでは、味の素が広く行き渡り、味付けに味の素が使われる。
 「私の家では、化学調味料は使いません」
と、我が家の味の出し方の話になった。
 「おすし、食べたい」
 「そうですか。すき焼きもおいしいですよ」
 食の話は次から次へと、興味津々。すき焼き、食べさせてやりたい。