洗濯機の寿命

 洗濯機の脱水が完全にできない、洗濯もすすぎも充分できていないのかもしれない、と家内が言う。もう寿命かもしれないね、よくもったものだよ、と言う。洗濯機のドラムがしっかり回転しないと洗濯も脱水も完全ではない。回転していないということはモーターがへたっているからではないか。
 確かにこの洗濯機はよく動いてきた。その経歴はなかなかのものだ。
13年前になる。家具も家財道具も家も、ゼロの状態から始めた生活だった。洗濯機は、町のリサイクルショップで買うことにした。店に見に行くと、適当な大きさの全自動のがあった。HITACHIの製品で、見たところ新しい。どれだけ使われてきたのかは分からない。価格が安いから購入して、ワゴンRの荷台に積んで持ち帰った。
 この洗濯機は、よく動いた。しかし3年ほどすると、回転が衰えてきた。リサイクルの商品に説明書が付いていなかった。内部を見ようと洗濯機を横倒しにして、機械の底をのぞいて見ると、モーターの回転をドラムに伝えるベルトがあった。ベルトをさわってみたら、どうもたるんでいる感じがする。これが原因ではないか、ベルトがたるんでいるから、から回りしているのかもしれない。そうするとこれをきつく締めるにはどうしたらいいかと考えた。ベルトの形は平板ではなく、V字型になっている。V形の尖った方が内側になって回転盤の溝にはまりこむ。ベルトが伸びて何ミリか長くなっているとしたら、このV形を逆にしてみたらどうだろう。ベルトを裏返し、逆Vにする。そうやって、機械にはめ込んだ。逆Vになったためにベルトは回転盤の溝の奥まで入らないから、張りがきつくなった。それで動かしてみた。すると、ドラムはモーターの回転をしっかりとらえてよく回る。
 こうして洗濯機は復帰した。半年ほどたった。また回転が鈍ってきた。調べるとベルトを逆にしたのがもう役に立たなくなっていたのだった。新しいのに換えないといけないなあと電気店に行って話してみたら、新品ベルトは取り寄せできるとのことだった。 
 こうして新しいのを取り寄せて交換し、再び洗濯機は快調に活動を続けた。それからベルトの交換は2回やった。3回目の交換をやったのは安曇野に来てからで、メーカー名とベルトの種類を言えば、電気店は簡単に取り寄せてくれた。
 それから5年たつ。洗濯機は調子よく働き続けた。リサイクルショップで購入してから12年、それ以前もいれるといったい何年になるだろう。よく動いてくれる。この種の電気製品では優秀な耐久力だ。ここまで使うことができたのだから、御の字だという思いがあった。そこへもってきて今回の不調が出た。だから、家内はいよいよ寿命が来たと思ったのも無理はない。限界が来たのであればもう買い換えるか、とぼくも思った。家内は早速電気店へ洗濯機を見に行って価格の安いのから高いのまで調べ、ひとつの安いのを候補にしたようだった。
 でも、なんとなくぼくには、本当に寿命と言えるのかなという思いがあった。モーターの音はいつもと変わらない。モーターは変わらずに回転しているのにドラムが回っていないとすれば、以前と同じ状態なのではないか。ベルトの予備を探してみた。前回2本取り寄せていたはずだ。洗面台の下から、その予備が見つかった。よし、やってみよう。水道栓を閉じ、ホースをはずし、コンセントから電源のコードを抜く。ホースから滴り落ちる水を拭き取り、重い洗濯機を横に倒す。洗濯機の下にはほこりがたまっている、それを拭き取る。ベルトを指で押してみた。柔らかい。やっぱりベルトが伸びている。古いのは伸びているからはずすのは容易だった。新しいのをはめ込むのは力がいる。交換を完了して洗濯機をきれいに拭き、元の状態に戻す。
 「ばっちりだよ」
 家内に声をかける。
 結局、電気製品の耐用年数の「常識」が頭にあって、十数年使ってきたから寿命が来ているのではないかと思ったことが原因だった。さらに消費税が来年上がる、その前に新しいのを購入しておこうという家内の判断もあった。
 洗濯機の不調の原因を調べもせずに買い替えに傾斜しかけ、もう少しでこの洗濯機の架空の寿命をつくるところだった。