[教育] 小岩井彰の講演会・「信州自由塾」主催

 現役の校長という地位を微塵も感じさせない、子どもの育つ現場をつくる実践家だった。
 土曜日の午後、三郷公民館で行われた「信州自由塾」主催の講演会とフリートーキング、その講師は、小岩井彰さん。上田市の小学校の校長を勤めておられる。テーマは、「人とつながる力(社会力)を育てる」。
 小岩井氏は、よく日に焼けて、体つきも精悍だ。マイクを持つと、演壇より前に出てきて、ホワイトボードに書きなぐり、映像をスクリーンに映したり、しゃべるはしゃべるは、2時間全身でトークした。
 まずは日本の現状から始まる。
 15〜34歳のニートは60万人、大卒のニートは3万人。
 15〜39歳の「ひきこもり」の数は70万人、予備軍は155万人。
 20〜59歳の孤立無業者は160万人以上。
 体の機能でも、体温の低い子、背筋力の低い子、アレルギー系と自律神経に異常のある子、自閉症化の進行、五感の動きの鈍い子、自分以外の人に関心を持たず、かかわりを避ける子、などが増えている。
 そうだとしたら、将来どうなる。
 これからの社会はますます予測不可能なことが起こってくるだろう。世界中を見ると、今既に気象異常が起こり異常災害が起こっている。さらに食糧問題が起きるだろう。水問題、地球温暖化、生態系の破壊、人口増、エネルギー問題、などなど深刻化する問題がひしめいている。
それを乗り越え、解決していく力を持たなければならないのだが、それでは今日本の子どもは? と小岩井さんは投げかける。
 今の子どもたちが、そういう未来の課題に応える力を持った人に育つにはどうすればいいか。
 小岩井氏は力説する。
 10歳までの子どもに力をつけねばならない。10歳までが重要だ。テストの成績を上げることだけに力を注いでどうなる?
 大切なのは遊びだ。遊びこそ学びだ。遊びこそ社会力だ。
 やってみたいと思う遊び、おもしろい遊び、オリジナルな遊び。
 力を出し切り満足いくまで遊ぶ。
 友だちと遊ぶ、トラブル、けんかも肥やしになる。
 遊ぶ子どもは困難を突破する。限界に挑戦する。
 研究機関の調査でも、「遊びや社会的体験が豊かな子どもほど学校の成績はよい。」と出ている。
 人とつながって新しい社会を創造する力(社会力)を育てるために必要不可欠なものは何だ?
 ○多様な他者とじかに相互に行為すること。一人の子どもを育てるには村一つが必要。
 ○他者を取り込むこと。人に対する関心、愛着、信頼を育てること。
 ○大人こそ子どもの友だち。若者は大人とのふれあいを求めている。人生にふれたいと願っている。
 そのために遊びの場を確保することだ。外遊びこそ生きる力の源だ。

 内容はぼくもまたこれまで提言してきた。だが、小岩井氏の実践力には敬服する。氏は、実践を学校と地域に広げ、校長になっても遊びの場を学校のカリキュラムのなかに位置づけている。
 小岩井彰氏の経歴は、タイ国低地熱帯林保護プロジェクト参加したり、「地球クラブ」を設立したり、長野県青木村で教育長になると子どもたちのための自然体験プログラムを行なったりしている。
 校長になってから、上田市北小学校の5年生107人は、市内29の事業所の協力を得て、職場体験学習を実施した。子どもたちは働く体験と、地域の大人とかかわりを持つ体験をした。ため池で水揚げされたモロコの甘露煮をトレイに入れ、ラップ包装し、陳列するまでの仕事をした子らの様子はニュースにもなった。
 小岩井氏が青木村の教育長だったとき、児童センターでは、放課後に川で遊ぶことを推進し、川面を跳びまわり、子どもたちは川原でたき火をした。
 青木村の教育には、年間で百人を超す大学生がかかわった。一週間村の施設での「通学合宿」もその一つだ。親子互いに離れて暮らすことで感じる家族のきずな。子どもたちの笑いと涙の一週間だった。
 中学校では、八十六歳のおばあさんが数学を学んでいる。さまざまな年代の多様な大人、高齢者がかかわり、参加する青木村の教育。小岩井教育長は言う「一人の子どもを育てるには村一つが必要だ」と。

 信州大学人文学部青木村を調査のフィールドとした。信州大の記録によれば、

青木村を調査のフィールドとした最大の理由は、「平成の大合併」において自立を選択した自治体の一つだったからである。信州で最も百姓一揆が頻発した上田藩にあって、青木村が5 回も一揆の発生地となった。一揆のリーダーは「義民」として顕彰されている。その反骨の気風が、合併しない村づくりに生きている。
 保小中の一貫教育、村費による教員加配、定住促進のため若者定住促進住宅をつくるなども重点政策であった。
 青木村の自立に向けた戦略の核は教育政策である。青木村は、「心豊かでたくましい子どもの育成 今こそ子どもに社会力を」という目標を掲げ、教育委員会を中心に事業を展開した。
 村の中心部に保育園、小学校、中学校が1 つずつ設置されている青木村では、早くから「保小中12年一貫教育」が試みられてきた。そして、2004年に教育長に就任した小岩井彰氏が中心となり、教育学者門脇厚司氏が提唱した「社会力」という概念を軸として事業を体系化した。
 「青木村子どもはつらつプラン」と題された基本構想は、「家庭・地域(NPO等)・学校・行政が連携し、子どもたちが豊かな自然の中で、多くの人に触れる場と機会を設定し、子どもたちの社会力を育て、心豊かでたくましい青木村の子どもを育成する」と謳っている。その背景には、子どもたちの日常生活において「多様な他者との相互行為」が乏しくなってきたという現状認識がある。そこで多くの大人たちと直接交流し、「多くの他者を自分の中に取り込む」ことをめざした。
 6月の「あおきっこ合宿」6 泊7 日は、文化会館に宿泊し、学校に通う。信州大学長野大学などの学生がスタッフとして参加。
 8 月上旬「あおきっこ川遊びキャンプ」は、小学校校庭周辺での3 泊4 日のキャンプ。
 8 月下旬「あおきっこ村内ホームステイ」は、村内の受け入れ家庭(ホストファミリー)宅での2泊3 日のホームステイ。
 「あおきっこ寺子屋」は、通年(水曜以外の平日)放課後、小学校図書室(夏・春休みは児童センター)で学習を支援。
 「保育園遊び場」は、通年保育園隣接地に泥遊びなどができる遊び場を整備。
 児童センターでは、通年放課後の外遊び、夏休み飯ごう炊さんなどを行なう。
 青木村の教育政策は、自立の選択と深く関わっている。教育に期待されているのは、子どもの学力や体力に現れる直接的な効果だけでなく、子育てに適した環境を整備することで住民の定着を図り、広く住民や村外の協力者の参加を求めることで村内でのコミュニケーションや村外との交流を促進するという、より長期的で広範囲にわたる波及効果である。
 信州大学人文学部との連携もまた、こうした事業のなかに位置づけられているといえよう。>

 これだけの実践が行われてきたことに感動する。そしてまた疑問に思うのは、他の多くの自治体でなぜそれから学んでその地における教育観を確立し、実践が行なわれていないのか、ということである。