今日は恒例の地域芸能祭で、地区のコーラス部は合唱を発表した。ぼくはそのメンバーでバスのパートだ。4曲歌い、最後は「花は咲く」だった。
この歌、3.11東日本大震災の復興ソングだが、歌詞、曲ともに心に迫ってくるものがある。
合唱練習は春に始まり、歌詞と楽譜を読んで歌っているうちに、歌詞の不思議を感じるようになった。これは、亡くなった人の声なのか、生き残ったものから死者への思いなのか。
長い歌だが、そのなかにこんな部分がある。
わたしは なつかしい
あの街を 思い出す
かなえたい 夢もあった
変わりたい 自分もいた
今はただ なつかしい
あの人を 思い出す
‥‥
わたしは なつかしい
あの日々を 思い出す
傷ついて 傷つけて
報われず 泣いたりして
今はただ 愛おしい
あの人を 思い出す
「夢を抱き、自分を変えたいと思い、傷つき、傷つけられ、報われず、泣いたりして」、「わたしは何を残しただろう」‥‥
もがき苦しみ生きていく、この歌詞はだれもがたどる道であり生き様でもある。敢然と生きようとしても、傷つきもし、傷つけることもあり、傷つけられることもある。傷つけ、傷つけられた体験は悔恨を伴い、その記憶は忘れることができない。
歌っていて、自分と重なってくる。自分の人生が浮かんでくると、つづいて亡くなっていった人の無言の声が聞こえてくる。
この歌詞は死者の思いだと思う。死者の声が生者のなかに聞こえてくる。
そして生まれてくる子どもたち、未来に花咲く人たちへのエールが響き渡る。
花は 花は 花は咲く
いつか生まれる君に
花は 花は 花は咲く
いつか恋する君のために
作詞は岩井俊二、作曲、菅野よう子、二人はどんな思いで創ったのだろうか。それを知りたくなった。
岩井さんがこんなことを語っていたことを知った。
岩井さんは、被災した石巻の先輩からこんなことを聞いた。
「僕らが聞ける話というのは生き残った人間たちの話で、死んで行った人間たちの体験は聞くことができない。亡くなった人たちの苦しみや無念は想像するしかないのだ」と。
この言葉に後押しされ、岩井さんは自分の想像力に身を委ねて詞をつくった。
震災の直後、岩井さんは被災地の家族や友人の消息を求めて、twitterに書き込みを続け、情報を交換した。そのtwitterの中に片想いの人を探してほしいという女の子の声があった。岩井さんは、こんな最中にも恋が芽生えるのかと、ほほえましく思う。震災から一週間ぐらい、瓦礫のなかでも若者たちは恋を育んでいる、花が咲いてるじゃないか。この体験がこの歌の種となった。
岩井さんはそのようなことを述べたという。
作曲をした菅野さんは、自分を消しリセットして、自分の中にいた4歳の自分になって創ったという。4歳の心は、いろいろな観念が未だなく、無垢な心だ。
この歌が胸に迫るのは、震災の悲惨と悲しみ、そして、作詞作曲者の心があったからなのだ。