韓国の樹木葬

 ぼくの育った大阪の南河内には巨大な天皇陵があった。我が家のすぐ裏には仲哀天皇陵、1キロほど東に応神天皇陵がある。これらの大古墳を含む古市古墳群には、古墳が14基あった。今それらはうっそうと茂る森をつくっている。
 仲哀天皇陵と称される前方後円墳の墳丘全長は242m、古墳前方部の幅182m、後円部の高さ19.5mである。応神天皇陵と称される古墳は、全長約420m、後円部の高さ36m。西数キロ離れた仁徳天皇陵は、古墳最大長840m、古墳最大幅654mである。
 これらの古墳の森には、広葉樹を中心に多種類の植物が生い茂っていて、たくさんのサギ類が舞い、コロニーをつくっている。この地域は、近つ飛鳥と呼ばれるところである。
 ぼくは高校時代に考古学部に所属し、地域の古墳の発掘を手伝ったこともある。ぼくが教職に付いて数年たったころ、高校時代に指導をしてくれた考古学者の北野耕平さんと近鉄電車の中で会った。話は古代のことになり、北野さんは、
 「近つ飛鳥から、遠つ飛鳥まで、このあたりは百済など朝鮮からの渡来人がたくさん住み着いたところですよ。だからここに住んできた人たちには渡来人の血が流れているのですよ」
と言った。千数百年の時が、住民の生命の連続となって今も続いている。その話はぼくに感銘を与えた。
 貴族の陵墓は長い歴史を経て今に残り、貴重な森を形成しているが、古代の庶民には墳墓はなく、すべて土に還っていった。日本も長く土葬であったが、すべて土に還った。。

 韓国の葬送は劇的に変化している。権来順氏(東北大学講師)が「韓国の樹木葬の現状と展望」という文章を書いている。(「樹木葬の世界 ――花に生まれ変わる仏たち」千坂げんぽう 本の森
 韓国では儒教の影響で最近まで伝統的に土葬が行なわれ、墓地は山の森につくられ、お墓の周りには樹木を植えないというのが慣習になっていた。富裕層の墓は規模が大きく、そこは禿げ山となる。多くの人が山に墓地をつくるようになると森林がむしばまれ、生態系にも影響が出るようになった。とうとう1998年の大雨では大洪水を引き起こした。
 韓国政府は、墓地による森林破壊を防ぎ、公共の福祉の増大を図るために火葬を推進し、樹木を植えて霊園とする新しい葬墓法を政策として実施し始めた。
 韓国政府は、環境破壊を最小限にする方策として樹木葬に着目し、スイス、ドイツ、イギリス、フランスや、日本、中国の樹木葬の現況を研究チームを派遣して視察した。
 その研究を踏まえて、樹木葬の形態は、日本のように寺の敷地に設置された方式、中国、イギリスのように公園墓地に行なう方式、スウェーデンと類似した集団散骨型の方式、スイス、ドイツと類似した山林型方式が導入された。このなかで、環境破壊の改善という観点から、いちばん望ましいのは山林型樹木葬であるとして、ドイツ式の大規模な樹木葬林の導入が始まった。それが2005年である。
 「韓国山林政策研究会が、2005年に3ヶ月間にわたって全国民を対象に行った『樹木葬に対する国民意識調査』によれば、樹木葬に対する賛成率は52.4%という高感度を示している。理由は、
『自然環境と国土の損壊がない。 29.7%』
『樹木の生長から故人をしのぶことができる。 24.5%』
『遺骨の自然への完璧な回帰が可能である。 22.3%』
『経済的な負担と維持管理が容易である。 10.0%』
『墓地という感じが少なく森のような感じである。 9.7%』
『樹木が生長し森になる。 1.8%』
であった。
 2006年、韓国KBS放送文化研究チームが全国16の市・道を対象に調査した結果、
樹木葬を肯定的に思う。 76.1%』
『否定的に思う。 8.5%』
『よく分からない。 1.2%』
であり、大都市ほど必要と答える率が高い。
 さらにKBSの調査で、運営管理組織を問うと、
地方自治体  48.3%』
『政府あるいは政府傘下の機関  32.3%』
『宗教団体  8.3%』
『専門業者 4.0%』
『山林の持ち主  2.6%』
『その他  4.5%』
という結果となった。
 市民、地方自治体が一体となって樹木葬を行ない、森をつくり、国土を守ろうとする韓国の実践は注目に値する。
 国の政策として行なうこの実践は、「死」に対する考え方も変えていくように思われる。ここから生まれてくるのは、「死」は終わりではなく、死して未来に生き、未来の子孫に緑の国土を残していく希望である。
 ヨーロッパでは、樹木葬は、「グリーン葬」と呼ばれている。