松岡さんのエネルギー「ぜひ樹木葬公園を」

 松岡さんの家は旧街道にあった。空は爽快に晴れ渡る。朝の気温は低く、長袖を着ていった。少し迷ったが家は見つかり、ガラス戸を開けた。迎えられて上がった部屋には南からの日が射しこんで暖かい。突然ネコが出てきて、ぼくの足の甲に頭をこすりつけ、次に背中をこすりつけた。かわいいネコだなあ、それにきれいなネコだ。
 松岡さんは、自分は80何歳かだと言ったが、とてもそうは見えない。
 「市長が会いたいというから行ってきましたよ。先週土曜日の『あづみ野を元気にしよう 調査報告と検討会』の様子を市長に話しましたよ」
 部屋に松岡さんへの感謝状がたくさん飾られている。
 「樹木葬自然公園」は私の願うことだと松岡さんがおっしゃるその根底には、これまで彼女の行ってきた相談活動で知った事情があることが分かった。ぼくは、松岡さんがどんな人なのか、どんな人生を歩んでこられたのか、まったく予備知識がなかったが、話を聞いているうちにだんだん輪郭が見えてきた。
 大学病院で長く看護師をやってきた、そのとき患者について、どうしてもよく分からない部分があることに気付いた、その人が家族の中でどう生きているかということだった。患者の家族構成に問題がある場合、それを知らなければ適切な治療や看護、介護ができないことがある。しかし大病院ではそれを知ることができない。
 松岡さんは、「アナムネーゼ」と言った。「それ、何ですか」と訊くと、ドイツ語で「家族構成」です、と言った。ひょいと意識せずに口から出たようだが、そういう言葉が出るほどに看護師をやりこんできた人なのだと思う。
 松岡さんは55歳で大学病院を退職して、直接患者の家に入る訪問看護師になった。その後、助け合いの「あんしん広場」を市内につくる活動を行ない、人々の悩みや苦しみを聞いてきた。
 松岡さんはこんな事例を出した。先妻が亡くなって一家のお墓に葬られている。その後迎えられた次の妻が終末を迎えた。ところがその家族の墓に後妻を一緒に葬ることができない。
 「先妻の子どもがそれはできないと言うのです。そうすると後妻さんの入るお墓がないです。おめかけさんの場合は、男の家族構成の中から消されてしまいます」
 そういう家族の隠れた部分が重くのしかかっている人がいる。それを知らないで、医療や介護をしている。それから松岡さんは、そんな人の入れる墓はないかと思うようになった。
 樹木葬の先駆的実践をおこなってきた岩手県の祥雲寺住職、千坂げんぽうさんは、嫁姑の関係が最悪で、義母の墓に入りたくないという人が樹木葬霊園に相談にやってきたこととか、婚姻届を出していない事実婚の男女が、それぞれの家族に縛られないで入れる樹木葬を申し込んできた事例を書いている。
 松岡さんは話す。樹木葬霊園のような、樹の下にともに眠る、そういう墓地がこれからの墓地だ、次男坊、三男坊、他県から移住してきた人、そういう人たちは墓地がない、新たに墓地を造成し、高い費用で墓石を建てることは、これから難しくなる、先陣を切っている東京都のようにやれないか、経営的に十分できる話だ。
 松岡さんは、市長にそう話した。
 さらに松岡さんの弁舌が続く。
 「『あづみ野を元気にしよう 調査報告と検討会』のなかで話し合われた、広報の問題も出しました」
 市長の反応は、どうだったか。
 そういう市民のさまざまな活動や意見があることは知らなかった。自分のところまで情報が上がってこない。部長のあたりで止まっている。具体的なことについては担当課と話してほしい。
これが市長の意見だったという。

 松岡さんは、満願寺にも行って住職に会って話してきたと言った。お寺では、樹木葬公園の敷地のゆとりはない、とのこと。

 話し込んでいると、隣の部屋との間にある障子をさっきからごとごと音を立てて、開けようとしていたネコが、とうとう障子紙に前足で穴を開けた。来たい一心で、直接行動だ。松岡さん、目を丸くして、「これ何するだ」、障子を開けたら、ネコは飛び込んできた。

 80何歳かの松岡さんは、次から次へと、今後の行動と考え方を指南する。
 推し進めなさい。
 推し進めるために、この人と会ってきなさい。
 能力ある人を仲間に引き込みなさい。
 まず核になる人、3人をつくりなさい。

 松岡さんからエネルギーをもらった。よし、次の行動に移ろう。