夏休み、子どもたちはどこへ?

信州の学校の夏休みは短い。一ヶ月にも満たない。安曇野市の小中学校では、7月27日から8月21日までが夏休みになる。
待ちかねた夏休み、子どもたちの歓声が聞こえてくるかと耳をすませているが、声は聞こえそうにない。
無時間の野に放たれた夏の子どもたちの歓声が響いているところが、今の日本の国のどこかに残っているだろうか。
夏の少年は、どこへ行ってしまったのだろう。

夏休みに入ると、照りつける日差しを全身に浴びて、川へ遊びに行った夏の少年。
清流はほてった体の細胞から、太陽の熱をぬぐい去った。
夏の少年はドンコになり川エビになる。
水にもぐって、小石を水中でコンコンと打ち合わせると、会話だ。
夏の少年は、木に登る。
ロープをつるして、ターザンになった。
夏の少年は、裸足の草野球。三角ベースを走ってホームラン。飲む井戸水が冷たかった。
夏の少年は、朝早く虫取りに行く。どこのどの木に、どんな虫がいるか、自分の秘密の木があった。
トンボの王様、銀ヤンマ、虎ヤンマ、つかまえたときの声は甲高い。
夏の少年は、カラス貝を採り、食用蛙を釣って売りに行った。
夏の少年は、家から15キロ歩いて山に登って帰ってきた。
夏の少年は、片道20キロ、自転車をこいで、海に行き、潮の引いた磯で貝やカニを探した。


夏の少年だったぼくは、教員になった。
夏休みに入ると、生徒を連れて学校を出て行った。
登山部をつくり、
クラスでツチノコ探検隊をつくり、
超ワンパクを引き連れて、
川をさかのぼり、源流を探検した。
滝つぼで泳いだ。
テントと食料を担いで山に登った。
金剛山葛城山岩湧山、大台ケ原、大峰山台高山脈吉野川源流、比良山、大杉谷、御岳山、
関西圏から信州にいたるまで、
夏休みは少年たちと暮らした。
夏休みは、探検、冒険、創造の季節だった。
夏休みは、自由な絵を描くことのできる、かけがえのない季節だった。


今、学校には冒険はない。
今、野や山に、自由な夏の少年たちの姿はない。
夏休みに、自由な、創造的な、探検・研究、旅をする教員はいるだろうか。