午前4時からおばあさんは田んぼを巡る

 今朝、烏川上流の須砂渡に建てられてあるウエストンの胸像まで登り、そこから降りてきた。田んぼへ水を引き入れる水口のそばに、おばあさんが座っている。足腰の弱った高齢者がよく使う手押し車に椅子がついたもの、それに腰を下ろしていたのは、何度か話を交わしたことがある人で、あまりに体が小さく、人のいい笑顔がかわいいので、今朝もそこで歩行がストップした。おばあさんは手押し車の椅子にちょこんと座って、
「田んぼに水の入るのを見ていたんですよ。4時から田んぼの水を見ています。この下の田んぼから、あっちの田んぼね。家にいるより、こうして外に出て歩くと気持ちいいね。」
「足は大丈夫ですか」
「足は大丈夫ですよ。腰がね、腰が痛くてね」
 水路の水を引き込む水口には水を遮断する板があり、それを開けると水が流れ込む。おばあさんは、水の溜まり場所をまたいで、水路の樋を開け閉めする。もしバランスをくずして頭から水路に落ちたらと思うと危険きわまりない。
「倒れて落ちないようにしないといけませんよ」
と言っても、何十年もやってきたことだから、おばあさんはいっこうに平気だ。手押し車を押して歩くと、倒れないで歩ける。この手押し車は今年になってから使い出した。
「ぼくは今朝、ウエストン像まで行ってきましたよ」
「ウエストン祭は6月何日だったっけ」
「そのウエストン祭は上高地ですよ。ここの銅像は、後から建てられたものですよ」
「そんなものあったけ。山口村長の銅像じゃないかね」
「いえ、あるんですよ。こっちのウエストン碑でも、ウエストン祭をやるといいんですがね」
「そりゃ、まちがいだね。ウエストンはここにはないよ」
 おばあさんは知らないのかな。明治の20年代、ウエストンは山口家で泊まり、案内人とともに常念岳に登っている。
 おばあさんは、その山口村長の家のある集落で生まれたのだという。
「子どものころ、山口家でよく遊んだもんだね」
NHKのドラマで、山口家が出てきましたね」
「出てきたね。『おひさま』だね」
 おばあさんは、山を眺めている。ずーっと眼を遠くして、山の稜線の雪を見ている。
「こうして山を見ていると、いいだね。気持ちいいね。あそこの蝶ヶ岳の雪形の右のほうに山小屋があるだね。あそこかね。こうして想像しながら見ていると楽しいね」
蝶ヶ岳に登りましたか」
「私はどこも登っとらんね」
 この地に生まれ、この地で育ち、80数年、北アルプスを眺めるだけで生きてきた。蝶ヶ岳のお花畑も知らない。ここの集落に嫁いできて、一生農業で生きてきた。まだ歩ける。歩ける間は、畑に出る。けれど、一昨年まで耕していたところは、今年は草ぼうぼうとなっている。