水を張った休耕田


       動物が戻ってくる


近くの農家は、休耕田に水を入れて代田のようにしている。
そこは穂高の久保田地区、何枚もの休耕田が水をたたえ、
空を映し、雲を映し、
真夏の今、田植え前のような景色だ。
豊富な山の水を使って、休耕田に水を張れば、ぼうぼうと生える夏草を防ぐことができる。
さらにそこには水生昆虫が発生して、
水鳥にはかっこうの餌場となる。
トンボが飛んでいる。
このごろ白鷺の群れがやってきて、純白の羽を水に映し、
セキレイが餌をついばみ、
カルガモが泳ぎ、
なんという名前だろう、二、三十羽の群れでやってくる小鳥もいる。
この地区では、「田んぼの学校」という取り組みもやっている。
小さな田んぼに、合鴨を入れて、
数種類の稲を育てる実験田のようなこともやっていた。
田んぼの縁に立てられた札に、稲の種類の名称が書かれていて、
種類によって成長の違いが見られ、
これも環境と農業の啓蒙運動として行われているように思われた。
休耕田に水をはり、ビオトープのようにするのも、この地区の人々の考えから発したもののようで、
村の中の誰かそういう取り組みをやってみようという提案者がいて、
協議が行われ、
賛同者が生まれ、
実行されているのだろう。


僕は、その休耕田にどんな生き物がいるか、水の中をのぞいてみるが、
まだ個体数が少なくて見つからない。
じっとそこにいて観察し、採集するところまではいかないから、正体がつかめない。
おたまじゃくしらしきものはいたが、ミジンコ、トビケラ、ヤゴ、フウセン虫、ゲンゴロウなど、
子どものころよく見た、池のなかで遊びまわっていた虫たちが、まだ見つからない。
水面をすいすい走り回っていたアメンボもいない。
子どもたちが「郵便屋」と呼んでいた、水面をふらふら歩いていたあの小さなかわいい虫もいない。
現代農業は、昔の田んぼの生態系を壊し、生物激減の状態が続いてきたから、
多様な生物が復活するには時間がかかるかもしれない。
メダカやドジョウが戻ってくるには、水路の生態系が残っていなければならない。
タカオ君の合鴨農法の田んぼには、ドジョウが戻ってきていた。
稲刈りが済んだ後、タカオ君が土の中を掘ると、ドジョウが隠れていた。
昨年のことだった。
このあたり、傾斜地であるために、山からの水は田んぼを潤しながら梓川へと下っていくが、
水路はすべてコンクリートで造られ、その流れが速い。
生物の棲める環境ではない。
水路にメダカやコブナ、ドジョウが棲んでいた時代は、水路とつながる田んぼに小動物が入り込んで、
田んぼが生物の住処だった。


草が繁茂した休耕田、
耕運機で土を起こし草を抑えている休耕田、
除草剤をまいている畑、
そのなかで、水を張った休耕田は、
まだまだ少数のようだ。
5年先、10年先、子どもや孫、ひ孫の世代へと、
これが続けば、環境も復活してくる可能性がある。
未来に向けて、
点から面へ、
個別から総合へ、
継続していけば生まれてくるものがある、それは確かだ。