薪をもらう


      土曜日は合唱練習


 石垣の上に土塀をめぐらせ、そのなかに屋敷林がうっそうと茂っている。昔は庄屋だったんだろうか、大屋敷だ。なかを入り口からのぞくと、人が住んでいそうになかった。幽霊屋敷のように庭に物が散乱し、古家の壁土はあちこち崩れている。廃屋になってかなりの年月がたっているようだ。こんな昔の大屋敷が、子孫の破綻によって消滅していく。文化財として保存する方向へは向かわない日本の貧困。
 その屋敷の外側に隣接して、一反歩ほどの空き地がある。耕作放棄地のようだ。道路に面している。そこに伐採して長く風雪にさらされてきたと思われる広葉樹の枯れ木がさまざまな長さに切断して無造作に積まれていた。腕の太さか太ももの太さぐらいの木だ。積もった雪のなかからその一部がのぞいているのを見つけたとき、これは処分に困っているんだな、薪ストーブの薪にもらえないかなと思った。
 雪が融けたから昨日その近くを散歩して、近くの農家で訊いてみた。
 「あそこの、木の積んである土地の所有者をご存知ですか」
 出てきたおばさんは、
 「ああ、あそこねえ。あそこは、ほれその大きな屋敷の左に家があるわねえ。あの家の土地ですよ」
 「そうですか。いや、あの積んである木をいただけないかなあと思って」
 「薪ストーブかい」
 「ええ、薪ストーブの薪にいただけるとありがたいなと思って」
 「それならねえ、だめだと思うよ。あの家の娘さんが使うとか言ってたから。薪なら、うちにもあるよ、ほれ、もういらないんだけどね」
 おばさんは目の前の壊れかけた古い小屋に目をやった。道端に建っているその小屋は、今にも倒れそうで、つっかい棒がしてある。その軒下に4、50センチほどの長さに切られた細い薪が、虫に食われほこりにまみれて放置されている。少し細めの、100本ぐらいはあるだろうか。
 「前はもっとたくさんあっただがね、この辺まで」
 おばさんは自分の胸辺りで手を左右に動かした。
 「おじいさんが作った薪だで。この小屋も壊そうかと言ってるで、小屋の材木も薪になるよ。主人は明日家にいるからきくといいよ」
 ぼくは礼を言って、明日来ますからと言って帰った。

 薪をもらいにいく日、風が猛烈に吹いていた。薪を積むためにミニカで行った。
薪の家に入っていくと、窓ガラス越しにだんなの顔が見えた。パソコンに向かっているような姿勢で顔も真剣だった。
 「昨日、奥さんにお話したものですが」
 家から出てきたおやじさんの顔は、急に笑顔になった。
 「全部持っていっていいよ。この小屋もつぶそうと思っててね。昔、養蚕をやってただ。」
 「なかなか味のある建物ですねえ」
小屋の板壁、板戸は、歴史を刻んで、味がある。きちんと保存してあれば、残したくなる小屋だった。これまでまったく手が入れられなかったのだろう、屋根も落ちかかっている。こういう古いものが、どんどん無くなって、味気ない現代建築のものばかりになっていく。
 「手伝えるといいんだけど、今書き物してるでね、全部持っていっていいですよ」
 おやじさんはそう言って、家の中に引っ込んだ。家のほうは現代建築だ。
 ぼくはほこりまみれの薪を1本1本取り出して道路にいったん置いた。表皮と木質部との間に虫が入って食い散らし、たまった木の粉が風に舞った。表皮がくるりと向けて落ちるのもあった。両手に木をもち、かんかんと打ち当てて、木粉を落とすといい音がした。食害は表面だけで、芯のところまで虫は入っていないようだ。薪としては使えるだろう。
 木の粉やほこりを払いながら、車のトランクにほぼ8割ほど積み込んだ。おやじさんに挨拶に行って玄関からお礼を言うと、奥からおばさんの声がした。
 「はーい、いいですよう」