柿渋工房オープン

11月1日は、よく晴れたが、朝から風が吹き荒れた。「安曇野スタイル2012」という4日間のイベントの初日、風は庭のスイカズラがからむ支柱を吹き倒し、軒先に置いておいた野菜コンテナ、バケツも飛ばしてしまった。木枯らし第一号かと思うが、気温はそれほど下がらず、日中は日差しの入る工房内は暑いくらいになった。朝は今年初めて薪ストーブに火を入れた。でも10時を過ぎると新たな薪をくべないで、火の落ちるにまかせ、太陽熱の恩恵におまかせした。
この数週間は、ぼくは工房名の「柿渋工房 邂」を木の丸太に彫って取り付けた標識を工房入り口に立て、家内は柿渋染めの作品制作に忙しかった。そこへ助っ人が北海道からやってきた。家内の友人で、お菓子作りの先生もやっていた彼女は、工房にやってくる客をもてなすクッキーを作ってくれた。
そしてイベント初参加の今日を迎えたのだが、情報伝達手段をもつ組織力はさすがで、午前10時からの開始にあわせ、訪問客の車が次々と姿を現した。駐車場は、お隣の空き家の駐車スペースをお借りしようと家主の彰久さんに昨日電話したら、
「いいよいいよ、使っとくれ、なんでも使っとくれ」
と相変わらずの太っ腹が気持ちよかった。

安曇野スタイル」というイベントは、8年前に始まった。なんでも一人の移住者の発案から立ち上がったのだという。完全に民間サイドのものだ。今住んでいるところ、活動しているところ、職場を舞台にし、それらを公開しつなげていって、安曇野の文化を発信する。自分の取り組んでいるアート、工房・アトリエの活動、店や宿の衣食住文化、暮らし、美術館、ギャラリーなどの芸術、そして安曇野の自然が参加する。一人の人が動いて始めたものが、仲間ができ、同志が増え、そして今では秋の大イベントになっている。今年は93の会場に117組の参加者で作られている。
我が家の工房も、柿渋の作品展示と創作体験を行なう。お客さんには、クッキーと紅茶のもてなしをして、テーブルに座って歓談してもらう。午前から午後にかけて、ほぼひっきりなしに人が来た。家内は接待と創作の説明とにあわただしかった。お客さんからは、よい出会いがあった、楽しいひと時が送れて心が和んだと喜ばれ、好評だった。

風は午後も止むことなく、吹きすさんだ。スイカズラは支柱が倒れないように工房のテラスに固定した。まだ花が咲いているスイカズラ。不思議な花だ。5月ごろから咲き始め、始めは白い花であったが秋になると黄色くなった。この花期の長さに驚く。以前は薮や山のどこにでもある、印象に残ることもなかった花が、今では大切な花に変わった。花は変わらないが、こちらの心が変わった。

目が見えず、耳が聞こえず、言葉というものの存在を知らずに育ったヘレンケラーをサリバン先生が教えることになったある日、サリバン先生は井戸のポンプを押して水をくみ出し、その水をヘレンの手に受け止めさせた。そしてすぐに手のひらに指で「water」と書いてそれが水というものなんだと示した。その瞬間だった。ヘレンは感動の叫びを上げる。言葉というものの存在を発見したのだ。歓喜する二人、二人の頭上にスイカズラが茂り、花が咲いていた。ヘレンは、ものにはすべて名前があることを知った。スイカズラにはスイカズラという名前がある。その名前がそのもののすべてを表す。人間を知り、自然を知り、世界を知る、その出発点にヘレンは立った。ぼくの頭のなかで、ヘレンケラーとスイカズラは切っても切れないつながりを持っている。
来年、工房のウッドデッキの上をスイカズラが覆い、真夏は日射をさえぎって、いい香りを漂わせてくれることだろう。