領土というもの(2)

常念岳、初冠雪。


 新聞の投書でこんな意見を読んだ。一人は中国人、陳さん。
 「私は1922年、中国黒龍江省に生まれた。柳条湖事件を経験し、満州国の統治下で青年期を過ごした。その後、日中戦争が勃発、国共内戦でも苦境をなめ、戦乱の中、中国から台湾に渡った。数年後に日本に留学、無一文で再出発し、今は横浜中華街の店を家族に任せている。今年で日本在住57年になる。いくつかの国家や為政者による統治を経験してきて思うことがある。自分という存在は変わらなくとも、国家の形態や為政者が変わるごとに自分の居場所や生き方を変えることを強いられる。われわれは政治に翻弄されて生きているのだ。国家とは国民を守る存在だと多くの人が信じているが、はたしてそれは真実か、私は疑問を抱いている。国籍の区別もつきにくいグローバル時代に生きる私たちは、過剰な国家意識に左右される必要はない。小さな島の主権を争うよりも冷静に共同利用の方策を討議するほうが、後世の子孫のためにも建設的なのではないだろうか。」
 次の人は日本人の主婦、山下さん。
 「尖閣諸島問題の解決は、日中両政府のどちらかが折れない限り、国家間の対立が続くだけだろう。歴史を振り返れば、戦争の多くは資源獲得や領土問題に起因する。そうした負の歴史を繰り返すのではなく、前を向いて新しい領土統治の可能性を探るのも一つの解決策ではないか。そこで提案したい。日本と中国、台湾が尖閣諸島を共同管理し、観光開発を進めてはどうか。島の自然を満喫できる観光地を目指すのだ。領土問題でもめる世界中のどの地域も成し得なかったことを、東アジアの国々が実現することはできないだろうか。」
 続いて、北海道大学の教授、岩下さん。インタビューに答えた記事。
 「(竹島周辺の海は)近代国家が成立する前からの伝統的魚場です。ある地域がどちらの国の領土かという議論はせいぜい、ここ100年程度の中央の主張です。地元で生活する人たちにとっては、島を使えるか、周りの海を使えるかが大事。与那国島をはじめ八重山諸島と台湾のように、進学と就職で一つの生活圏ができていたところもあります。彼らにとっては隣人と付き合えるかどうか。それが中央にはなかなか伝わりません。地元の主張が中央のナショナリストと結びつくと、声は大きくなる。同時に地元の要望は見えにくくなる。たとえば漁民たちは『以前のように海を使いたい』と求めているのに、いつのまにか『魚のために島を譲るのか、けしからん』と攻撃される構図さえできてしまう。北方領土問題に関する根室への非難がその典型です。国家はどこかで地元の利益を殺し、国の利益を優先させようとする。‥‥互いに『領土問題は存在しない』と言っている間は話が進みません。『海の問題から始めましょう』と言うことはできるはずです。たとえば、島を取ったほうは海の管理責任を持ち、船だまりをつくって他国の船も入れるようにする、島を取らないほうも利用権は同等に保障される、そんなふうに義務と権利を明確にしてどちらを選ぶか話し合って決める。(ロシアと中国国境問題は)2004年までに解決しました。歴史問題を切り離したからです。歴史は歴史で話し合う、でも互いの将来のために国境問題を解決しようと進めました。歴史論争では突破口は見えません。」(朝日)

 前の陳さんの言葉、
 「国家の形態や為政者が変わるごとに自分の居場所や生き方を変えることを強いられる。われわれは政治に翻弄されて生きているのだ。国家とは国民を守る存在だと多くの人が信じているが、はたしてそれは真実か、私は疑問を抱いている」。
 確かにそうなのだ。どの国も振り返れば、政治権力によって国民は翻弄され、激烈な被害を与えられてきた。
 中国の反日デモで、日本車に乗った中国人に暴力を振るった21歳の地方出身の若者は、抗日戦争映画の好きな子だったという。小学校中退して働き、今も極端に貧しい暮らしのなかにある。日本=悪の認識で、彼の正義感と怒りは暴走した。
 今も中国では抗日戦争を描いたドラマは続いている。たぶん尖閣問題で、よりいっそう多くなっていることだろう。