部屋の中の水たまりと水滴のナゾ


冬の間、部屋の中に鉢物を入れて、枯れないようにしているなかに、ベンジャミンという名の、木の高さ80センチほどになるのがある。
今は、南のよく日の当たる窓際に置いている。昨日の朝、「あれー」と家内がすっとんきょうな叫び声をあげた。
見ると、ベンジャミンの鉢を置いてある木の台に、直径5、6センチほどの水たまりができている。
「何? この水」
「ありゃ、水だ。どこから落ちてきたんだ?」
「あっ、今落ちた。」
家内が水たまりに落下した水滴を見たらしい。
「おかしいなあ。天井?」
「雨漏りかな。」
「いやあ、天井に水滴もないし濡れてもいないよ。」
椅子を踏み台にして天井を調べてみたが、水で漏れてもいないし、その痕跡もない。
おかしいな、と水たまりの上にヒモをたらして、その真上を調べると、ベンジャミンの木の数枚の葉にぶつかった。
このうちのどれかから水が落ちてくるとしたら、葉が濡れているはずだと、さわったり観察したりしたが、白と緑の斑入りの葉っぱは乾いていて、すべすべしている。
それなのに、30秒から1分ほどすると、また水たまりに小さな小さな水がポチッと落ちるのが見えた。
もし、これが雨漏りのような水滴だと、ひとつの水滴はもっと大きいはずだが、この水滴は、一滴の重さで落ちてくるほどではなく、極端に小さい。
不思議だ。いったいどこから落ちてくるのだろう。
ベンジャミンの幹や枝、葉を観察するが、水の出所が分からない。
ベンジャミンから出てくるのか、他のところから落ちてくるのか、それを調べてみよう、と鉢を少し移動させて、鉢の根本に新聞紙を広げた。
すると、極小の水滴が新聞紙にぽつんと落ちた。
原因はベンジャミンにあるぞ。
いったいどこから来るのか。
謎を残して仕事に出かけ、翌朝また観察した。
水が落ちて濡れている新聞紙の、5、6センチの楕円形の部分の真上にあるベンジャミンの数枚の葉の下に手のひらを開いて、じっと待ってみた。
数分したとき、ピッと水が飛んできて、手のひらの親指の付け根に落ちた。
水滴は数十分の一ミリほどの小さなもので、それが点々と5ミリほどの間をおいて六つほど縦に並んでいる。こんな極小の水でも、冷たい感触があった。
おかしいぞ、この水は落下してはいない。どこかから噴出している。
そうすると、水たまりの真上ではなく、垂直の線からずれたところだ。
そのとき、細い枝の一部が膨らんでいるのが見えた。
顔を近づけて、眼鏡をただして見た。
「これだー、原因がわかったぞー。」
思わず叫んだ。一匹の虫、この冬の間生きのびていた虫、ヨコバイの仲間だ。
体長1センチ近くで、緑色の翅をもち、お尻が黒っぽい。見つめていると、ヨコバイの尻から、ピッと水が出た。
ベンジャミンの樹液を吸って、こうしてお尻からオシッコをして生きている。それにしてもこんな小さな一匹の虫が水たまりを作るほどオシッコを出し続けるとは驚きだった。
調べてみると、頭の部分に黒点があり、お尻が黒っぽい、ツマグロオオヨコバイという種だ。植物の液汁を吸って成長することから稲などの作物や花卉に害を与える虫だと言われている。
ヨコバイは、全世界に約20,000種が知られ、日本に生息するものはおよそ550種程度が確認されているが、十分には解明されていないらしい。植物が生育している環境であれば何らかの種が生息する。セミの仲間に入り、オスがメスを呼ぶ発音機能を持っているが、人間の耳には聞こえない極短波なので、鳴き声は知られていないということだ。
この懸命に生きているヨコバイ、このままベンジャミンの樹液を吸わせて、春まで待ってやろうかと思ったが、家内はベンジャミンが弱ると困るというので、今日は外も暖かいし、ピンセットでつまんで家の外に出してやった。
ヨコバイは翅を広げて飛んでいった。すまんのう。