今年も干し柿が食べられる


11月の初め、そのころは例年になく暖かかったから、まだいけるかもしれないと、冬菜とほうれん草の種をまいた。いま冬菜は双葉が芽生えて、条播きした双葉の列がかわいくきれいだ。ほうれん草は、芽の出るのに時間がかかる、まだほんのわずかな芽しか見えない。


秋に種を播いて育ってきたほうれん草と小松菜は、いまどんどん食卓に上る。野沢菜は漬物にするにはもっと寒気が来て霜が数回降りたころがいいから、時機を見ながら、間引いて食べている。白菜も雪菜も、どでかくなった。
白菜は球をつくりつつあるところで、おおきく拡げた緑の葉のなんと美しいことか。


小松菜とほうれん草、それに去年のこぼれ種から芽を出したルッコラを、ご近所におすそわけしたら、たいへん喜ばれた。
ルッコラはサラダにしてもいいし、チーズに巻いてたべてもいいですよ。」


お向かいのミーばあちゃんが、温かい飲み物を入れておくポットのふたが開かなくなったからと、やってきた。
「にいちゃん、あけとくれ。ふたを閉めたら、閉め方が悪くて、開かなくなっただ。」
にいちゃんねえ、ぼくのほうが年下だけどねえ。
「これにコーヒーを入れて飲んでるだ。」
どれどれ、ポットを受け取って、ふたをつかんで力いっぱいねじってみた。開かない。
「こりゃあ、固くしまったものだ。」
ふたがゆがんでいる。ゆがめて閉めたのだ。
何度か渾身の力をふりしぼる。ぼくも力が弱くなったか。年とったなあ。
腰を下ろして、脚の間にポットをはさんで、うーんと唸った。
ガチッ、と音がして、
「あいたー」
「あいたかい、ああよかったあ。やっぱり、男だねえ。わたしはもう力がなくてねえ。」
「よかった、よかった。また何か、困ったことがあったら、声をかけてね。」
「ありがとよ、ありがとよ。きょうは温泉行ってきただ。しゃくなげそうへ。」
「そうかい、よかったね。湯冷めしないように、早く家に入ったほうがいいよ。」
「今度の高齢者お楽しみ会に行くよ。去年は行かなかっただ。今年は来たらと誘われたからね。」
「ぼくも行きますよ。コーラスに出るからね。ぼくの声、いいよー。」
「ははは、楽しみだね。」
お楽しみ会では毎年コーラスの会が合唱し、そのあとみんなで一緒に歌うことになっている。
「これから、甘酒つくるだ。つくって、あちこち配ってるだ。にいちゃんとこにも、もってくるからね。」
ミーばあちゃん、少し元気になったかな。なんせ食べれないと言っていたから。
そうだ、ほうれん草も食べてもらわなきゃ。


先日、太田さんの家に署名をもらいにいったら、柿を採りにおいでと言ってくれたから、はさみとのこぎりを持って出かけた。
柿の木は、家の裏にある。
「平種なしではないから、種がありますよ。でも、おいしいよ。」
去年も一昨年もイワオさん家の平種なしの柿の実をたくさんいただいていた。去年はコンテナ一杯分を干し柿にした。
「こんなおいしい柿はあるのかなあ、上等の和菓子よりもおいしいよ。」
と絶賛して冬の間、少しずつ食べるのが楽しみだった。
ところが今年は、そのイワオさんの柿の実がさっぱり稔らなかった。
今年は干し柿食べれないなあと思っていたら、お隣から少しおすそわけをいただき、さらに太田さんの柿となったのだった。
太田さんははしごを用意してくれていた。はしごを上り、柿の枝を剪定をかねて枝から切りおとして実をとる。太田さんは下で受け取ってくれる。
あまり欲張るのもどうかなと、150個ほど採って終わりにした。
「いくらでも採っていったらいいですよ。お向かいの家の柿も、とる人がいないから、誰かほしい人いないかなと言っておられたからね。」
「これで満足です。孫にも、日本語教室の若者たちにも、食べてもらえますよ。」
ありがたいことです。この冬も干し柿がいただけます。
「こちらのほうこそ、ありがとうですよ。もらってくれて、ありがとう。」
もらって、ありがとう。
もらってくれて、ありがとう。
感謝の贈り合い。
贈与の関係を社会に敷衍できれば、贈与経済が生まれないかと、あの時代、故新島さんが言っていた。


柿の皮むきは、家内と二人でやった。
皮むき器で、すいすい、だんだん手馴れて、早くなった。
ひもでつないで、ベランダの軒下につるした。
オレンジ色の柿すだれだ。


散歩の道すがら、見回すとあちこちの家の柿の木にはまだオレンジ色の実がたくさん残っている。
今日は一日雨が降っている。
夏の日をさえぎる緑のカーテンの夕顔とゴーヤも終わったから、カーテンを取り除いた。
そうしたら、緑のカーテンが茂っていた空間に、ジョロウグモが巣を張っていたのが、よく見えるようになった。
寒くなったのに、まだ巣の真ん中にじっとしている。
昨日はモンシロチョウも舞っていた。畑にうずくまって草を引いていると、手に赤トンボがとまった。
「冬だよ。冬が来たよ。」
トンボが飛ぶまで、じっと手を動かさないで待っていた。



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