再びゼロ地点



 シンさんの意見は、ぼくをほっとさせるものがあった。
 ぼくは、福島の「子どもを放射能から守る福島ネットワーク」と連絡を取りながら「福島の子ども安曇野キャンプ」を企画してきた。
 ところが途中の段階から、安曇野の条件は福島のニーズに合わないというネックが現れ、さらに福島原発の危機感が大きくなり、それにともなって福島の会では企画に乗れないという話になっていった。
 福島からの声は苦しい。それがぼくの心身に重くのしかかってきて、この状態ではキャンプは成立しないと、7月キャンプ中止の決断にいたったのだった。
 立ち上げていく過程も、計画を下ろそうという決断にも、共に歩んでくださったのが、安曇野社会福祉協議会の事務局長、樋口さんだった。そしてボランティア同志として共に歩んでくださった人たちも、苦渋の決断を背負ってくださった。
 無責任な決断だったかもしれない。だから悩んだが、シンさんの意見は、少しぼくを楽にしてくれた。何度も東北の被災地へ行って、泥まみれになって活動している、こういう人の心がありがたいと思う。


「福島の状況はやはり日増しに悪くなっているんですね。宮城、岩手の被災地は、壊滅はしたけど、未来に向かって前向きな状況とは対照的です。
福島に行ってきた人の 話、福島から疎開してきた人の話など聴いてみても、人の心がとても苦しい状況にあることが伺えます。
自分がその立場に立ってみたとしたら、やっぱり夏休みに遊びに行く余裕はないだろうな。その余裕があればむしろ逃げる場所を探しに行くと思う。状況認識に甘さ、とは思いません。状況は常に移り変わっていて、ある程度長期的に考えなければならない計画が状況変化について行けなかった、ということ でしょう。
正直なところ、福島の状況。放射能の状況、人心の状況ともに劇的に悪化しているように見えます。
僕自身、どう対応していいのか分りません。今回の計画はちょっと見合わせた方がいいように思えます。」


中止決定は、安曇野市も、後方支援で動いてもらえる可能性が生まれつつあった矢先だった。
6月15日、安曇野市東日本大震災支援対策会議で、ことのてんまつを報告し、感謝とお詫びを申し上げた。
その後に受け取った松本大学の中澤先生の意見は、今後に向けて励ましになる。


「現地との直接のパイプを持てなかったとのこと、確かに日々変わる被災地の状況に対応するには、そうしたパイプが重要な要素だと思われます。
今回は難しい、というご判断はその通りかもしれません。でも、想いは共有されたので、これからの方策を一切ストップすることではないでしょう。
震災の影響はあまりに大きく、今後も何年も続くものだからです。
私自身も関わる自然体験・野外教育・環境教育の全国のネットワークでは、夏休みを前に子どもの受け入れ準備が各地で起こっています。
国立の施設なども長期受け入れに向けて動き出しています。安曇野は民泊の受け入れ実績もあるようですし、例えば移住も含めて長期的な受け入れ態勢の整備も視野に入れられてはいかがでしょうか。
中止が決定し、大きな壁を前にしての情報で恐縮ですが、この動きを温めていれば、活用するときはまたやってくると思います。
こうした活動にご尽力されている皆さまに敬意を表します。」


 被災地の子どもを長野のホストファミリーで受け入れようという「一校ひとくみ・ながの」の事務局、新田さんから、こんなメールが送られてきた。
埼玉の医師からの連絡で、「福島キッズホームステイプロジェクト」を立ち上げたという情報だった。
これから立ち上げようとしておられる人たちもいる。自分の非力を思う。


 「このたび福島で疲弊しているお母さんと子どもたちを、被ばくに心配なく思いっきり外で遊ばせてあげるのがコンセプトのプロジェクトを立ち上げました。
 産婦人科医として、最初子どもの被ばくを減らすべく避難のプロジェクトを福島のコミュニティに提案したところ、ひどくお叱りを受けました。お母さん達はそこに残って生活するも、避難するも相当な覚悟を持っていらっしゃいます。もちろん漠然と怖いというかたも多いですが。
 そこで楽しいイメージの夏休みホームステイの企画にしたら大反響でした。とにかく、夏休みだけでも被ばくの心配をせず思いっきり楽しむためのプロジェクトです。
 このプロジェクトを全国的に展開し継続的に行うことで、子どもたちの被ばくを少なくする効果と心のケアにもなる効果が期待できます。人的交流ができることで、福島県の現状を他県の人にもっと知ってもらうことにもなります。
 息の長い支援活動として定着させていき、いずれは海外にまでも広めたい大変素晴らしいプロジェクトになると思っております。
 みんなで楽しいプロジェクトに育てあげていきましょう!!」


 その後に新田さんは、こう書いておられる。
「今回、長野の教育行政の方が福島の教育行政、PTA連合会と連絡を取っていただいていますが、長野は児童・生徒、その保護者にとってかなり遠いと感じられていますので、我々のシステム『一校ひとくみ』を、福島県内、新潟、山形等、児童・生徒、保護者の方々が受入れやすい地域で取り入れていただければとも思っています。組織の立ち上げについても協力させていただきたいと思います。」