『アヴェ・ヴェルム・コルプス』を知っていますか。



出勤の車の中、ぼくはハンドルを握っていた。
クラシック音楽がFM放送から流れてくる。オルガン曲が数曲つづいた。
「つづいてフォーレ作曲のアヴェ・ヴェルム・コルプスです。」
女性アナウンサーの説明を聞いて、あれっと思う。
「アヴェ・ヴェルム・コルプス」はフォーレ作曲だったかな。ぼくの記憶はフォーレではなかった。
曲が始まると、やはり昔聴いたのとは違う合唱曲だった。
曲は、オルガンの伴奏で、女声合唱、「アヴェ・ヴェルム・コルプス」は「真の体」という意味であるとアナウンサーが言う。
その言葉で記憶が少し戻ってきた。「アヴェ・ヴェルム・コルプス」はカトリックの聖体賛美歌であった。
その日の午後、仕事を終えて家に帰り、昔「アヴェ・ヴェルム・コルプス」について書いたぼくの文章を探した。
ぼくが初めて「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を知ったのは13年前のことだ。
たしかぼくが発行していた「『むら』からの風」という通信だった。分厚いファイルをめくっていったら、1997年7月の通信にその記事はあった。


 「ある日、本を読んでいてこんな文章に出会った。
 『しばしば彼が無名のままに葬られたことを、尽きない悔いのように嘆く。だが、人は無名に生まれ、無名に戻っていく。この世の栄光も彼方のため、神のためではない。その無名の間には、おのおのの運命をその分に応じてみたす仕事があり、それを成し遂げて世を離れていく。幾ばくかの、神もさしてこれを嘉(よみ)したまわぬかもしれない仕事ではあるが。
 生きるということは、この二つの無名の間を充たしながら歩いていくことである。星の歩みに較べれば、一瞬の光にすぎないが、とはいえ、それでもいくばくかの光は世の一隅を照らすはずであろう。
 それにしてもモーツァルトは、あっという間に世を去ってしまった。迅速に美しく風のように。』
 三十五歳で亡くなったモーツァルトの、死の半年前に書かれた一つの短い曲、『アヴェ・ヴェルム・コルプス』の比類なき美しさを筆者は書き、そのあとにこの文章が続いていた。」


やはりそうだった。曲は、モーツァルトのだった。そうすると「アヴェ・ヴェルム・コルプス」は、いくつかあるのだ。
13年前、丘の上の村に暮らしていたぼくは、「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を聴いてみたいと思った。
何人かの村人に聞いてみたが、誰も知らない。
宮本さんなら知っているかもしれないよ、と言ってくれた人がいて、そこから「アヴェ・ヴェルム・コルプス」と、宮本さんという村の老人に出会うことになったのだった。
共同浴場の脱衣場で会った宮本さんは、足が不自由のようで、杖を突いておられた。
「『アヴェ・ヴェルム・コルプス』という曲を知っていますか。」
「ああ、知っていますよ。短い曲ですな。三分ほどの、きれいな曲です。」
やっぱり宮本さんは知っていた。
「テープにダビングしてあげます。」
宮本さんは快く答えてくれた。
一週間ほどして宮本さんを訪問すると、宮本さんは、音楽テープやレコード、システムコンポが積み上げられている六畳の間のわずかなすき間に座っておられた。
「若い頃、リュウマチになってね。」
それから話されたのは宮本さんの思いがけない人生だった。


大正十年に生まれた。
昭和十三年、初めてクラシックを聴いた曲はベートーベンの「運命」だった。
「さっぱり分からんかった。いいとも思わんかった。レコード屋が何回も聞きなはれ、と言うてくれたから、世界中の人が聴いている曲、その良さが分からんはずがないと、何回も聴きましたんや。そしたら、暗い夜空に星がぽっぽと見えてくるように、いいなあと思えるところが出てきて、それからクラシックが好きになりましたなあ。」
宮本さんはレコードを買い込んだ。その数が150枚になった昭和十六年、召集令状が来た。
配属されたのは、朝鮮とソ連の国境、国境警備隊だった。
そして日米開戦、日本は戦争の泥沼に足を踏みこんでいった。
一年ほどして、宮本さんはリュウマチを発症する。さいわい同郷の軍医の計らいで、宮本さんは故郷に帰ることができた。
それから音楽熱はますますたかまり、レコードの枚数は500枚になった。
昭和二十年、大阪大空襲がやってきた。焼夷弾が雨のように降り注ぎ、大阪市は焼け野原になった。
宮本さんの家も焼けたが、さいわい命は助かった。
宮本さんが、家の焼け跡に立って見ると、レコードの山がある。レコードの一部に、指揮者フルトヴェングラーの文字がうっすら残っていた。
手にとって見たら、レコードはぼろぼろと崩れ去った。すべては灰になっていた。
宮本さんはこのときのことを話されたとき、目から涙があふれた。
ベートーベンのこと、バッハのこと、宮本さんの音楽談義は尽きなかった。


宮本さんとは、もう十年以上音信が途絶えている。健在ならば今87歳になるのだが。
「アヴェ・ヴェルム・コルプス」、モーツアルト晩年の名曲、短く静謐、心にしみる曲だった。