犬の感情





猛暑の夏はいちばん涼しいところ、昼間は土の上や草の上、夜はフローリングの上、風の通るところを選んで、真横になって寝ていた。
秋になって、気温が下がり始めると、今度は暖かいところと涼しいところを交互に選んで寝ている。
日向で寝ていて、はあはあ暑い暑いと息を弾ませ、日陰の草の上に寝そべる。


夜、ランは、家の中で家族と一緒に過す。
午後九時ごろ、寝る準備のひとつ、ランを外へオシッコさせに行く。
昨日は月が少し顔を出していた。
うっすら月明かりの中でランは田んぼの畔で用を済ませ、ぼくに足を拭いてもらうと家にあがり、寝床に行く。
ランの寝床は一枚の毛布。
暑い時は毛布はいつも空いていたが、このごろは毛布は寝床になっている。
寝姿は円くなったり横寝になったり。
厳冬になると、隙間のないきれいな円形になって空気に触れる体の表面積を最小限にしている。
毛布も自分で形を変え、円い形にして周りを高くし、鳥の巣のような形にしていることもあった。
毛布メイキングは、鼻を使って行なっている。
フンフン言いながら、ベッドメイキングしている様は、なんともおもしろい。
昨夜は廊下に敷いてあった毛布をランはくわえて父ちゃん母ちゃんの寝室に持ち込み、ベッドの横に自分で敷いて寝ていた。
あるときなどは、ぼくが仕事で留守だったためベッドが空いていた、そこにランが上って円くなっていた、
夜中に起きた家内が見つけて、びっくりしたらしい。


朝、夜が明けてきても、もう成年のランはすぐに起きてこなくなった。
目覚めていても、毛布の上に寝そべっている。
子ども時代や青年だったときは、ワンと一声吠えて、ベッドの横に起しに来た。
今はもうそれをしなくなった。
次第に老いるぼくもランも、ペースが共通になっていくみたいだ。

朝の散歩を終えてから食事になる。
ランは父ちゃん母ちゃんの食事が済むまで待っている。
午前7時前、
待ちきれなくなったランの声が聞えてくる。
これがまあ、人間の幼児そっくり。
ン〜ン―― ン〜ン―― 、
「はやく ほしいよう」
「ちょうだいよう」
「ねえ、はやくう」
とねだる声は小さく、か細く、
高く低く、
吠えて要求したい気持ちを抑え、でも待ちかねる、その気持ちが伝わってくる。
犬の感情。
「あそぼう、あそぼう」
外でひとりで過しているランに近づいていくと、口に入る大きさではない10センチの角材をなんとかしてくわえて、遊びに誘う。
「おお、上手上手」
とほめてやる。
木の枝をくわえて、引っぱりっこしようとする。


夕方家に入ると、いつも寝床の近くに自分で置いている、くわえてかむとチューチュー音がするおもちゃをかんでみせる。
獲物を捕まえたときの気持ちを引き出すおもちゃのようだ。
もう3年間ほど続いている。
それは次第に、楽器の演奏を親に聞かせようとしているのだと思えてきた。
「ほれ上手でしょ、上手でしょ」
毎日、毎日、夕方家に入ると、ランはチューチュー、獲物をかんで、演奏する。